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会報300号関連記事

(会報第300号)





「会報300号発刊に思うこと」    
                         欅友会 会長 増田 保武

 1984年4月に手書き1ページだけの会報第一号を発刊してから34年、ついに記念すべき300号を発刊することとなった。過去の会報を改めて紐解いてみると、それは講演内容の変遷・会員の声・特集寄稿・野外学習会など数々の思い出と時代の移り変わりの様子が詰まったまさに欅友会の宝物である。この先500号、1000号の会報が発刊される時の世の中は、どうなっているのか期待が膨らむ。

 最近の会報は会員の皆様からのご寄稿も多く、また講演要旨の充実によりページ数も8~10ページと増え、小冊子の様相を呈している。この講演要旨取纏めについては歴代の役員が苦労を重ねてきた。印刷枚数の圧縮目的から1講座5000字程度の要旨取纏めを目指しているが、最近の講演は学術発表のように内容が濃く、説明される項目も多いので中々その範疇に収まらない。加えて先生方に校正をお願いすると、これまた丁寧なる校正が加わることが多く、担当役員の大いに苦慮するところである。

 何れにせよ、今後もさらに内容を充実させ、手作り感の溢れる会報作りに努めたいと、気持ちを新たに思うところである。



「会報300号を記念して」                   
                               天野 肇
                      
 欅友会に参加して今年で19年目になる。入会した翌年から講演会の要旨を取り纏めて、会報に記録する作業を年に2~3回担当し、今年で46回の講演要旨を纏めた。この間の講演回数は180回に上るので、平均4回に一度、要旨を纏めたことになる。
  
 旧制中学4年で敗戦を迎えたが、2年間は勤労動員と都心の焼け跡整理で殆ど勉強できず、戦後の占領時代は食糧難と超インフレの生活難で勉強が手に付かなかった私にとって、欅友会での18年間は、教室で学べる貴重な生涯学習である。特に講演要旨の記録は、講演内容を咀嚼して要点を纏め、それを如何に判り易く表現するかを学ぶ場であり、今読み返して反省する点を多々見出すものの、この得難い機会を与えて頂いたことに唯々感謝するばかりである。又、会報に寄稿される多士済々の会員の方々のご意見や随想を読んで、多様な人生観を教えられることも多い。

 学校を出て実業の世界で働いた43年間、大学のキャンパスや先生方との接触が皆無に近い生活だっただけに、欅友会で大学の緑豊かなキャンパスを訪れるだけでも心の平穏を得ることが出来、教室で講演に聴き入る2時間は、俗事を忘れることの出来る貴重な時間であることが何よりも有り難い。

 又、会員懇親会や野外学習会も、日頃顔だけは知り合い乍ら話す機会の少ない会員の皆さんとの得難い接触の場で、特に後者は一人ではなかなか行く機会の少ない場所をバスで訪れ、終日行動を共にしながら色々な新知識を得られる欅友会の伝統行事であり、今後も種々の企画を盛り込んで継続されることを期待したい。

佐藤一斎の言志晩録に言う。
少にして学べば即ち壮にして為すことあり、
壮にして学べば即ち老いて衰えず、
老いて学べば即ち死して朽ちず   
少にして学ぶことの少なかった私にとって、特に肝に銘ずべき後段の二句である。

★天野 肇さん: 会報142号(2002年5月)から194号(2007年4月)まで編集を担当。元会長。





「会報300号刊行おめでとう!!」             
                                  三宅良一
 
 
 1983年(昭和58年)3月欅友会が産声をあげ、手書きの第1号会報が創刊されて以降、1998年(平成10年)4月に100号を、2007年(平成19年)11月には200号をと続刊し、ついにこの12月に300号を刊行するに至りました。
輝かしい会報刊行の履歴のなかで、2007年(平成19年)5月の195号から2013年(平成25年)1月の257号まで、約6年間会報作成に当たらせて頂いたことは大変光栄なことでした。ご協力頂いた会員の皆さまに御礼申し上げます。  

 2007年(平成19年)4月、副会長を仰せつかり事務全般を担当することとなりました。会報の作成も担当の一つということで、これは大変、どんな会報を作ったらよいのかと悩みましたが、会員の皆様に読んでいただける、楽しんでいただける会報を作ってみようと割り切って会報作りを始めました。 

 パソコン操作は自信をもっていましたので、文中にカラークリップやイラスト等を季節に応じたものを選びながら掲載し、少しでも明るい会報をと努力した次第です。アンケートに「会報を読んでいる」、「所用あり欠席したが会報があって良かった」等と書いてあるのを見て大いに励まされました。 

 しかし、会報作成には種々苦しいこともありました。何事も期限が迫らないと腰を上げない性分のため、会報の作成も編集会議の数日前から開始することも多々あり、担当当初の頃は「学習会の要旨」や「会員の声」など、タイピングもやっと終える頃になってキータッチを間違えて、アッという間に全部を消してしまい、泣く泣くまた最初から打ち直しで深夜まで掛かり切りのこともありました。また、誤字や横文字のスペルの間違いなど、ご指摘を受けることもあり冷や汗をかいたことも思い出の一つです。

 現在は大崎副会長が益々立派な会報を作成しておられます。この先400号を目指して会員の皆様のさらなるご協力をお願い致します。

★三宅良一さん:会報195号(2007年5月)から257号(2013年1月)まで編集を担当。元副会長。
「欅友会創立30周年記念誌」(2012年9月)の編集責任者。



「河野平八郎さんの挿絵」  
12月会報挿入絵1
 

 忘れてはならないのが愛らしいネコ、ネズミ、イヌのキャラクター。会員の河野平八郎さんの挿絵です。この度も呼びかけに応えて、記念の絵を描いてくださいました。

 河野さんの作品が初めて登場したのは182号(2008年3月)です。それ以降、常に新しい絵を提供して下さるので、会報では選り取り見取り、季節や場面に合ったものを使わせていただいています。
最近、紙面の都合でご紹介する機会が減っていますが、会報の強い味方です。



◆会の名称が決まるまで◆ 
会報第2号(1984年5月)の冒頭に会の名前の由来が載っています。
12月会報第1号1


◆会報雑話◆


会報は1号(1984年4月)から13号(1986年11月)までの手書き期間を経て、ワープロ・パソコンによる作成へと移行していきます。2003年にはホームページを開設し、会と会報の紹介が始まりました。現在はブログに変わりましたが、当初から会報の題字の下にURLを載せて、会の内外に向けて発信しています。235号(2011年1月)からは、創刊時からの手配り・郵送に加えて、会報のメール配信を開始しました。

題字は34年の間に数回書体を変えました。現在の題字を書いたのは会員の藤田治良さん、180号(2005年1月)が初出です。縁飾りは148号(2003年1月)に始まり、199号(2007年10月)から現在の縁飾りを使用しています。題字を縁飾りで囲み、傍に発行日を示す図を配置したのは天野 肇さん、発行日の下に季節のイラストを添えて、明るく親しみやすい雰囲気を加えたのは三宅良一さんです。現在もそのスタイルを継承して、皆様に手に取って読んでいただける会報を目指しています。

会報の重要な位置を占める「学習会の要旨」は、「○○先生の講義を拝聴して」のような、講義の感想文から始まりました。回を重ねるごとに内容が充実し、現在の形になりました。会員から寄せられる随想等に「会員の声」という見出しを付けたのは、会報119号(2000年2月)が始まりのようです。

初期の会報の用紙サイズはまちまち、また、会報58号(1993年10月)から128号(2001年1月)までは、白色のほかに青、緑、赤、黄など、色とりどりの紙に印刷されていました。なぜ用紙を白に統一しないのかという質問に対し、111号(1999年4月)で『経費節減のため、用紙は国分寺市から余ったもの(殆ど色物)を頂き、利用しています』と答えています。当時は国分寺市から用紙を頂いたり、野外学習会に市のバスを利用させていただく等の支援を受けていました。

300号は、当時にちなみ、特別にカラー用紙に印刷しました。メール配信の方にも同じ色でお届けします。パソコンの画面で、当時の雰囲気を偲んでいただければと思います。

会報は第一に会からの連絡事項を告知すること、第二に会員の交流の場であることを役目としています。今後も引き続き講座などのご案内と皆様方のご投稿を中心に、楽しい会報作りに励んでいきたいと思います。(大崎尚子)



〈題字のいろいろ〉


12月会報欅友会1

             12月会報欅友会2
                    
                        12月会報欅友会3

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