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学習会の要旨

◎ 4月16日(土)学習会の要旨                        4月黒田先生1
      
日 時:4月16日(土) 13:30~15:30
場 所:東京経済大学 2号館 B301教室 
テーマ:「思いがけない日本美術史」  
講 師:黒田 泰三 先生
(明治神宮宝物展示新施設開設準備室長)                              
出席者:192名(会員:男性130名、女性48名            
非会員:男性2名、女性12名) 

【講演要旨】 

私は3月31日まで出光美術館にいましたが、4月1日から明治神宮が3年後に開設を予定している美術館の準備室長になりました。学生時代から40年間ほど日本美術史の勉強を続けています。学芸員として真贋を見極め、出来の良いものを選ぶ仕事を続けるうちに、人と物を見る眼が養われました。美術を通じて「人を否定して切り捨てるのではなく良い点を見抜いて共有する」という基本的姿勢の大切さを学んだと思います。

そういう人間が語る絵の話を今日は聞いていただきたい。絵は教科書的に見るとあまり面白くないのです。絵の面白さに気付くためには、美術を観る眼を少しずらしてみることです。本日は日本絵画の中から特に重要と思う作品を28点選びました。全部を語ることはできないと思いますが、まず美術史的、定説的な評価から始めます。
*担当者注 (以下、太字と斜体字は当日のレジメのまま引用させていただきました)


1、研ぎ澄まされた人物への観察眼→平安時代、いわゆる王朝絵巻の代表作
伴大納言絵巻(平安時代)(出光美術館)
   5月会報黒田先生絵1

日本の絵巻物の中で傑作中の傑作。伴大納言が出世のために内裏の門に放火し、犯行を左大臣のせいにするミステリアスな話。現代に置き換えてみると、桜田門が爆破されたほどの大事件で、大納言という役職は今でいうと官房長官に匹敵するといわれますから、犯人は官房長官だったと考えると、この事件がいかに衝撃的であったかわかる。絵巻の中でも特に有名な応天門炎上の図は、炎の研究者が炎の形、色の正確さを認める迫真的なものである。天皇が私的空間でくつろいだ格好でいる姿が描かれているのは非常に珍しい。

2、時代の空気を読んだダイナミズム→権力者好み!典型的なアカデミズムの作品。しかし、絵画は誰のためのもの?
狩野永徳「檜図屏風」(桃山時代)(東京国立博物館)


全体を見せるそれまでの絵画と異なり、この絵は上下を大胆に切り取った巨木を目の前にどんと見せることによって迫力が増している。誰かはわからないが、迫力好きな注文主(例えば信長のような)が描かせたものか。信長のダイナミックさが新しい美のタイプとして生まれ、美術史を変えていったことは定説になっている。現在では一般人でも見ることができる絵は、当時は限られた一部の貴族や権力者など特権階級のものだった。

3、装飾性と写実性の調和→画面は美しく整えられる
尾形光琳筆「紅白梅図屏風」(江戸時代)(MOA美術館)

紅白梅に挟まれたこの図の中央部分は何だと外国人研究者から聞かれたことがある。日本人には川の流れとわかるのだが、彼はヘンリー・ムーアの女性像のように見えると言った。光琳はその川に波の模様をほどこした。梅の花びらが写実的に描かれているのに対し、川は装飾性の極みと言える。装飾性と写実の共存はこの絵にしか見られないものであり、しかもそれが心地よい調和を保っている。

4、ジャポニスムの先駈け→「絵組」(構図)がもっとも大切。あるいは徹底した観察は画家の目をまる
でカメラのシャッターのように現実を切り抜く!

葛飾北斎「神奈川沖波裏」【富嶽三十六景】(江戸時代)
                               5月会報浮世絵2

鎌倉でこんな巨大な波は見られないし、富士山の頂上は鋭角に尖っていないが、誰もこの絵を見て不快に思わない。この絵は北斎が頭の中で組み立てたフィクションである。が、絵における嘘は許される。大切なのは絵組(構図)であると北斎自身が言っている。波の大きさ、富士山の形、大波に翻弄される3隻の舟、誇張されたこの3点を組み合わせることで絵に面白さが生じている。かつて北斎、広重等の浮世絵は輸出品の包装や詰め物に利用されることがあった。欧州のゴッホやモネら印象派画家等は浮世絵を知るとその特色(鮮やかな原色、遠近感が強調された構図など)に注目した。明治期になると欧米で西洋画を学んだ日本人画家が印象派を日本に持ち帰ることになる。

5、歌舞伎役者の見栄を切る瞬間を逃さない→手を小さめに描くと、画面には強い緊張感が生じる!
東州斎写楽「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」(江戸時代)
   5月会報浮世絵1

手をわざと小さく描くことで緊張感が出る。バランスを崩すことで面白さが誇張される。浮世絵では女性が12頭身ぐらいに描かれることがあるが、理想的な女性美を追求するあまりの誇張の結果である。

6、となりにいるおじさんのような神様→本来はとても怖い神様!
俵屋宗達「風神・雷神図屏風」(江戸時代)(建仁寺)

                 5月会報黒田先生絵2

本来とても怖い神様(風神・雷神)が親しみやすくなって、しかも2体がこれ以上ない絶妙な位置に配置されている。雷神の太鼓の輪が上部で途切れていることで浮遊感(浮いている感じ)が出ている。光琳がこの絵を模写したものでは太鼓の輪が完全に描かれているため躍動感、浮遊感が乏しい。また、宗達が雲にほどこした銀泥の意図的なむらは浮遊感を更に増している。このように、なるべく美しい形に整えることで美を追求するのも日本絵画の特質である。似たような構図の光琳「紅白梅図屏風」も中央に川を配してバランスが良い。   

7、とんでもない解釈?→光琳と中村内蔵助と「さん」との三角関係が隠されている!?
尾形光琳筆「紅白梅図屏風」(江戸時代)(MOA美術館)

光琳は資産を蕩尽して、40歳頃に宗達の風神雷神図を模写することから画家生活を始めた。宗達にはなかなか敵わなかったが、画家生活の終わり頃になって紅白梅図を描いた。紅白梅図の構図は宗達の雷神風神のそれとほぼ一致しているが、光琳は中央に川を配することによって追いつくのが難しかった宗達への答えを出したと言える。別の視点から解釈して、紅白梅図を光琳と中村内蔵助、共通の愛人「さん」との三角関係を描いているという説があった。川は「さん」、紅梅白梅は二人の男、しかもこの屏風は「さん」と第三の男性との祝言の席に立てられたとも。事実は津軽家の為に描かれたことが判明したので、その説が正しくないことははっきりしている。しかし、過激な見方ではあるが、このように自由に見る見方も大切です。

8、誰の目も気にせずに自由に描く→絵は自分のために描く。下手でもいい、自分が気に入ればそれで
いい!

池大雅「釣便図」(蕪村との合作「十便十宜画帖」)(江戸時代)(川端康成記念会)
   5月会報黒田先生絵4

大雅は蕪村と合作で、中国の詩にもとづき別荘を建てるに良い場所10ヶ所ずつの絵を描いた。これはその一枚で、「釣りに便利な場所」に建てた別荘の図である。絵が大変うまい大雅が、建物を段ボールの舟と見間違うほど無造作に描いている。それがこの絵を、別荘を楽しむというテーマにより相応しい作品にしている。

9、この世のものではない恐ろしさ→この世でかなわないことならば、せめてあの世では幸せになりたい
のだけれども

地獄草紙(平安時代)(東京国立博物館)

12世紀、終末思想が蔓延すると浄土教の教えが広まり、人は死後極楽浄土に行きたいと願った。その対極として叫喚地獄など数多くの地獄の恐ろしさを教えるために地獄絵は描かれた。地獄に行きたくないという気持ちが極楽浄土を希求する。目に見えないものを分かりやすくヴィジュアル化した。

10、この世は危ういバランスで成り立っている→目に見えるものだけでこの世は成り立っているわけで
はない

餓鬼草紙(平安時代)(東京国立博物館)

極楽浄土に行けずさまよう餓鬼が人の日常に忍び込んでくる様子を描く。貴族の宴に連なる一人ひとりに餓鬼が取り付いている図は、目に見えない餓鬼の存在を描くことで贅沢三昧を戒めている。

11、人の作品を真似することの楽しさ→出来るだけ完成度の高い作品を模写することによって、自分の
可能性がわかる

能阿弥「四季花鳥図屏風」(応仁3年・1459年)(出光美術館)

画家は優れた絵を模写することで、徐々に自分のスタイルを築き上げていく。そこで気付いたことをどう受け止めるかによって画家の芸術生活が決定づけられると言っても過言ではない。模写で技術を身に付けていった人もいれば、自分の技術の至らなさに打ちのめされた人もいる。前者の代表能阿弥は足利将軍家お抱えのいわば学芸員であった。彼は牧谿の白鷺や燕の図を模写した。能阿弥が真似て描いたものは当然オリジナルではないが、「四季花鳥図屏風」ではそれらを組み合わせることで彼のオリジナルにしようとしている。この図は画中の書き込みから、描かれた年代がわかる最古の屏風となっている。

12、人の作品を真似することの怖さ→出来るだけ完成度の高い作品を模写することによって、自分の限界がわかる
長谷川等伯「竹鶴図屏風」(桃山時代)(出光美術館)

長谷川等伯は牧谿を模写して自分の限界を知り、打ちのめされた人である。しかし、そこから這い上がり等伯独自の美の世界を創造するのです。

13、完璧な水墨画→白い部分を墨で表す!?
牧谿「観音猿鶴図」(南宋時代)(大徳寺)

牧谿が観音を中央に、左右に猿と鶴を配した墨一色の絵画。鶴の白い羽を細く短く薄墨で描き、部分的に線を密にして陰を表現している。白く見えるところにも線が引いてあるので、微妙なヴォリューム感が出ている。一方、模写した等伯は紙の白さを利用して、羽を黒い線で描いている。比べてみれば優劣は明白で、等伯は自分がとうてい牧谿に及ばないことを知り、限界を感じたに違いない。しかし彼はそこからわずかな可能性を探ろうとする「もしや」が大切と思う。打ちのめされた等伯は、写実的かつ哲学的な意味合いが深い牧谿に対し、情緒的な面を表現する世界を確立していき、その情緒的表現は代表作「松林図屏風」へとつながっていく。等伯が模写した鶴の絵を狩野永徳も模写しているが、羽を形にこだわり一枚ずつ描いており、ここに狩野派で本格的美術を学んだ永徳と等伯の違いが出ている。

14、誰もが心当たりのある風景を描く→みんなが見たことのあるような風景って、この世に存在するのだろうか?
長谷川等伯「松林図屏風」(桃山時代)(東京国立博物館)
   5月会報等伯1

松林図は等伯の心の中に浮かんだ風景(原風景)を描いたものであろう。彼の生まれた能登半島にはまさにこのような松林がある。14年前出光でこの絵を展示したとき、一見静かに見える絵だが、近くで観ると描きなぐったような激しい筆致であることを知った。等伯は秀吉の子鶴松の三回忌の為に95枚の絵を描くことを命じられた。期間は実質1年余しかない。間に合わなかったら、秀吉が気に入らなかったらどうしよう、しかも友人千利休は同じ時期に秀吉の機嫌を損ねて切腹を命じられているのだ。等伯はこの重圧の中でもがき苦しみ、重圧を押しのけるために合間に松林図を描いた。様々な想いが詰まった松林図は等伯の心が見たであろう風景である。毎年1月に上野国立美術館で展示されるので見ていただきたい。

15、人物表現の百科全書→完璧な人物表現は意外な面白さを伝える。小ネタ満載!
伴大納言絵巻(平安時代)(出光美術館)

                      5月会報黒田先生絵5

日本画の人間表現は墨の線を上手に使って油絵より躍動的、徹底的である。伴大納言絵巻に描かれる約450人の登場人物のほとんどが庶民だが、一人ひとりが実にいきいきと描かれている。壇上によじ登ろうとしている男、痴漢らしき男(図)、舌を見せて饒舌に話している男など、ストーリーに直接関係の無い小ネタが満載である。慌てたのか沓を手に持ったままの男、熱風の風下で頬や手足をあかくている男の図もある。驚くのはそれらに下書きの形跡が無いことだ。それにもかかわらず多数の豊かな表情を描き分けており、画家の人間観察の深さが偲ばれる。

16、病気の恐ろしさを滑稽に語ること→病気の苦しさの中でも、ユーモアを忘れたくないと思う
病草紙(平安時代)(東京国立博物館)

座ったまま寝てしまう「嗜眠の男」がいるかと思えば、「不眠の女」は指を折って数を数えている。現代にも通じる日常生活を描いたこういう画がいちばん面白いと私は思う。

17、働くことへの矜持を教えてくれる→笑顔で仕事をしていますか?あるいは、していましたか?
橘直幹申文絵巻(鎌倉時代)(出光美術館)

直幹は時の天皇に申文を上奏して天皇を激怒させた。ところが内裏に火事が発生したときに天皇は直幹の申文が無事に持ち出されたか心配したという。天皇は文章に巧みな彼を大事に思っていたのである。申文にまつわる話を書いたこの絵巻には日常の何気ない風景や京の街の様子が描かれている。2軒の店(今のコンビニのようなもの)で働く女の表情が豊かで、いかにも楽しそうである。これこそ商売の原形、働く喜びを教えてくれるのは日本絵画ならではのことである。

18、フツーの生活を送る喜びと描く喜び→「一人の感受性のかたちを決定的にするのは、大仰な出来事
なんかじゃない。ありふれた何でもない日々の出来事が、おもわず語りだすような言葉。その言葉をどのように聴きとったか、ということなのだ

狩野永徳「上杉本洛中洛外図屏風」(室町~桃山時代)(米沢市)

京都の街が描かれた屏風からは、風呂屋から出てくるさっぱりした表情の人、紅葉狩りの楽しそうな様子、収穫後の安堵感などがよく見て取れる。何気ない日常生活を描く絵画は刺激的ではないが、我々に重要なことを教えてくれる。

19、健全な遊びを描く?→人目をはばからないことは、たとえばよく晴れた気持ちのいい土曜日の午後
に、屋外で楽しむ!

狩野長信「花下遊楽図屏風」(桃山時代)(東京国立博物館)

桜と海棠の下での花見の宴の様子が描かれる健全な遊びを描いて平和の喜ばしさが溢れ出ている屏風である。

20、熱狂的な遊び!→人目をはばかることは室内で楽しみましょう。のぞき趣味あるいは悪趣味?いえ
いえ表象世界の拡大の可能性への挑戦です!

舟木本洛中洛外図屏風(江戸時代)(東京国立博物館)

花の下で踊り狂う人、花見帰りの人など、人目をはばからずに楽しそう。桜の季節だけは無礼講!あるいは覆面して、少女たちのきわどい踊りに目を遣る男たちが居るのは遊郭の中。暴露趣味、下品などとも言われたが、隠し事が外から窺えるようになったことに私は意義を見出したい。このあと日本の絵画はそれまで隠そうとしていたものも暴いていく。

21、仮装?コスプレ?本気?
豊国祭礼図屏風(江戸時代)(徳川美術館)

秀吉七回忌のための臨時の祭りを描くこの図は、華美な服装で熱狂的に踊り狂う人々を細密に描いて、祭りの熱狂を本音、実況として暴き出した。図中の筍の被り物の男は実在したようだ。

22、恋愛の倦怠・頽廃を描く
彦根屏風(江戸時代)(彦根城博物館)
   5月会報黒田先生絵6

日常生活の中で表向きの健全な場面だけでなく、人目を憚るような場面も描かれるようになっていく。
1600年代前半頃、時代の変化について行けない人たち、特に武士の中に本音は白けていた人達がいた。そんな本音を描いてくれた彦根屏風は、浮世絵に移行する前の最後の風俗画と言える。一人の武士が刀を支えに、定まらない視線で立っている。本来美にこだわるはずの遊女たちの髪はほつれ、うつろな視線には倦怠・退廃感が漂っている。そこに彼女たちの本音と遊郭の本質(虚構の恋愛)が表現されている。この絵は普通の生活を描きながら、人の心理状態まで表していると言える。

時間になったので本日はこれまでとします。日本画の展覧会に足を運んで、教科書的な視点ではなく、色や形、絵の中の崩れなどを自由な眼で見ると日本絵画の面白さが増すと思います。ぜひお出かけ頂きたいということを締めの言葉とさせていただきます。

                       4月黒田先生4

【質疑応答】

Q1: 伊藤若冲について
A1:若冲の絵の魅力は、一つひとつのモチーフは写実的であるのに、絵全体はシュールな不思議な雰囲
気になるところです。それがはっきりわかるのが、代表作の「動植綵絵(どうしょくさいえ)」です。
モザイク画は少しずつずらしている絵が離れてみればまとまって見える、そんな不思議な絵です。

Q2:風俗画と浮世絵と春画について
A2:日常生活を題材にして人間生活を表現した点では風俗画と浮世絵は同じだが、風俗画は現実の人間を実感的に表現した人物画であり、浮世絵は理想化されていく人間表現である。遊郭の恋愛を描きながら内側にある倦怠・退廃を描いてしまうと風俗画は次に描くべきテーマは無くなってしまい、限界を迎えることになる。風俗画の終焉からほどなく、理想化された表現が庶民の中に出てきた、これが浮世絵。初期の菱川師宣には風俗画的な残照があるが、歌麿になると完全に理想化された表現になる。浮世絵師の数だけ理想の女性美の数があるので、浮世絵は多彩な展開をした。春画は肉体美をやや誇張してエロチシズムに向かうもので、理想主義的な浮世絵美人画とは別に考える方が良い。(文責:大崎尚子)

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