欅の木3余白削除70 特集②「わたしの好きな町・思い出の土地」「わたしが感動した映画」「私の好きな思い出の曲」 - 欅友会
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2019年8月会報原稿22019年8月会報原稿模様1





特集「わたしの好きな町・思い出の地」
「わたしが感動した映画」「わたしの好きな思い出の曲」(2)





「小さい秋 みつけた」        
                                中村 真知子 
 
童謡「ちいさい秋 みつけた」。昭和30年サトウハチローが作詞、NHKが放送。昭和37年主宰者故大町正人のボニージャックスがNHKラジオ放送で歌い一躍評判になった。

昭和20数年ころ、私の従姉弟で弟のように可愛がっていた志郎と、東大農学部そばのハチロー私邸に近い知人宅を訪ねた。子供たちとかくれんぼをしていたとき、ハチローが家から出てきて「志郎君、家の中に入りなさい」と招いた(ハチローの息子四郎、不在?)。歌詞にはその時の情景がそっくり詠じられており忘れられない思い出である。ハチロー邸の庭には歌詞にある木があったが、樹名がハゼの木とは歌で知った。
2019年11月会報はぜの木

大町正人は満州大連生まれで主人の幼馴染、私も大連生まれの引揚者。この歌で主人は幼馴染と遊んだ大連を思い出し、私は歌詞の情景と共に戦後の経済不安定のなか、父が家族のため必死に頑張っている姿が眼に浮ぶ。ちなみにハチローの息子四郎は岩手北上市ハチロー記念館長で、夫妻共健在である。
                           2019年11月会報サトーハチロー記念館1



「大和三山に登ろう」                     
                                 田和 芳郎
2019年11月会報大和三山1

記憶は作られる、とか。
今春、大和三山の一つ、天香久山~山田寺跡へ遠足。礎石が点在する草原のかなたに、金剛葛城・二上山から信貴生駒と、子供のころに登った山々が連なる。山田寺由来の仏頭は、いま興福寺にある。
                                      2019年11月会報大和三山仏像

五十余年前、その中金堂は傾き、何本もの丸太に支えられていた。まだ柵のない境内は、出入自由。五重塔の薄暗い急階段を、ギシギシ登ったのは、更に前のこと。首を出す一瞬の眩しい高度感が蘇る。が、この記憶は本当だろうか。聞いた話や見た夢との混同か否か、いずれの確証も実はない。
故、「大和三山は、子供のころに登りました。」などと言い出さないうちに、残る畝傍山に登ろうと思う。



「映画・・・パリ、嘘つきな恋」                  
                              山田 敏


孫娘の勧めで「パリ、嘘つきな恋」という映画を観てきました。

パリに50歳前の独身でハンサムなビジネスマンがいました。名前はジョスラン。豪邸に住みながら赤いポルシェを乗りまわし、美女を見るとすぐ手を出します。しかし、本当の恋には至ったことがありません。
    2019年11月会報パリ2019年11月会報赤いポルシェ1


そんな彼が、ある女性の紹介で、事故が原因で車椅子生活を送っているフロランスという女性と知り合います。彼女は身体障碍者でありながら、一流のバイオリニストで有名なテニスプレイヤーでもあります。そんなフロランスにジョスランは心惹かれ、車椅子に乗る障碍者を装いながら、あの手この手で彼女の気を引く努力をします。利発なフロランスは不器用なジョスランの嘘にすぐ気が付きますが、知らないふりをしてデートの誘いを受け続けます。金に糸目をつけない彼の演出による華やかなサプライズ付きのデートの連続です。

「嘘をついている限り一緒に居られる―」彼と彼女の根底にある共通の気持ち、歯がゆさを感じながらも、甘く胸に痛みを感じる映画です。 



「懐かしの宮古市」                     
                                鶴野 哲夫


岩手県宮古市。昭和25年高校を卒業、県税事務所の職員として1年半勤めた土地である。三陸海岸の漁港で、サンマの解禁時に大漁旗を掲げ多数の漁船が港を出航する状況は壮観であった。事務所は市の中心部にあり、住まいは県の公舎、事務所まで約2㎞。通勤は徒歩で海岸沿いの松原を通り、閉伊川の長い橋を渡れば直ぐの場所にあった。当時の情景を思い浮かべながら作文する。
2019年11月会報浄土ヶ浜1

70年前に同じ時間、同じ場所ですれ違う綺麗な女性がおり、19歳少年の淡い秘かな楽しみを思い出した。景勝「浄土ヶ浜」、本州最東端「トドが崎灯台」、京言葉にも似た宮古弁の「おおきに(ありがとう)」は耳に残る。魚の匂いも懐かしい宮古は忘れえぬ土地である。

東日本大震災では大津波で死者、建物など甚大な被害を受けたが、本年3月には三陸鉄道リアス線の全通もあり、復興の後には明るい未来が見える。もし上京せずに県職員を続けていれば別の人生があったかもしれない宮古市。益々の発展を切に願う。



「わたしが感動した映画」                   
                                 内山 晴信

この題で投稿するのであれば「ドクトル・ジバゴ」「白い恋人たち」「ひまわり」「ある愛の詩」などを挙げたいが他の人が投稿すると思い、私は映画に使用された音楽が作中登場人物の心理状態を見事に表した実例として「ダイ・ハード2」を挙げたい。

麻薬王の手先となった米陸軍特殊部隊などがワシントンの空港の航空管制や電気系統を差配し、旅客機767で海外逃亡を企てたときに、主人公マクレーン刑事がライターで点けた火が逃走機を炎上させ逃走を阻止し、これで一本の火が地上を走り、滑走路の所在が明確になった。画面左側上部から待機中の旅客機がそれを目印に続々着陸した。
           2019年11月会報ダイハード2の音楽2019年11月会報フィンランディア1


この時に流れたのがシベリウス作曲『フィンランディア』であった。ロシア帝国からの圧迫を撥ね退ける意識を喚起したフィンランドの国民曲を、「真暗闇の中、燃料切れで墜落死からの解放」として使用したので、この映画関係者の知的レベルに感動したのである。 



「まだまだビートルズの街・ロンドン」              
                                    大畑 順

ここはロンドン地下鉄セントジョンズウッド駅。ここはビートルズのアルバム「アビーロード」のジャケットになった横断歩道のある駅である。下車するとビートルズのシャツを着ている人々や、ビートルズカフェの店など、生きているビートルズを感じてしまう街である。ビートルズシャツを着ている人々についていくこと5分。あの世界一有名な横断歩道とそこに群がる人達が見えて来た。ここがアビーロードか! 夢がかなった瞬間だった。
2019年11月会報ビートルズアビーロード2

今年はアルバム「アビーロード」発売50周年を迎える。50年前と違い交通量は多いが、ビートルズのアルバムジャケットと同じポーズで写真を撮ろうとすると、いつまでも撮り終るまで待ってくれる車。ロンドンっ子もわかっているのだろう。「ここは我々ビートルズの聖地アビーロードだぞ」

ロンドンのアビーロードに行ったファンは、ビートルズファンとして格が上がるという。私もその一人になれた。ロックの聖地ロンドンが好きです。
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