欅の木3余白削除70 10月会報(2019年) - 欅友会
FC2ブログ

欅友会

10月会報(2019年)

                          2019年10月会報小菊2
                                                                                             


10月会報(2019年)






◎『野外学習会』の最終案内(10月17日 木曜日 実施)
2019年10月会報バス旅行2

本年度の野外学習会は、総勢83名、バス2台で実施します。
多人数でのグループ行動になりますので、皆様の格別のご協力をお願いします。

<集 合>
10月17日(木)7:15 (出発 7:30)国分寺駅南口正面通り、都営南町3丁目アパート西側 
萩観光バス(2台)を目印にお集まりください。     
南口で欅友会の旗を持ってご案内します。時間厳守でお願いします。

<乗車バスをご確認ください>          (敬称略 五十音順 2019年10月10日現在)

2019年10月会報野外学習会参加者3

<所持品>
名札(学習会で使用しているもの。非会員の方は事務局で用意し、当日お渡しします。)
健康保険証、飲物、雨具、歩きやすい靴と服装でお願いします。

<グループ分け>
見学はグループ毎に行動していただきます。
乗車後、席の位置によるグループ別のリボンを配布しますので、各自名札に結んでください。

<日程概要>
7:30 国分寺駅南口発  国立府中ICより関越道高坂SA(8:40)で休憩 9:30 聖神社、和銅遺跡  11:00 秩父神社 11:35 秩父まつり会館  12:30地場産センターで昼食  13:30ちちぶ銘仙館  14:40 武甲山資料館 15:40 酒づくりの森 花園ICより関越道 高坂SA (17:00)で休憩・圏央道経由 18:30 国立府中IC経由国分寺南口帰着予定

<注意事項1>
軽い山歩きがあります。東経大の坂を登れる方でしたら大丈夫です。
歩きやすい靴、服装でご参加ください。
和銅遺跡=500m、15分を往復、武甲山資料館=駐車場から徒歩6分を往復。

<注意事項2>
・雨天決行です。ただし、台風等で中止の場合は、前日までにご連絡します。
・キャンセルの場合は、速やかにご連絡ください。費用の全部又は一部を負担していただきます。
・お問合せ、緊急連絡先
   川崎 守  中村 俊雄
   増田 保武  橋本 滋 





◎会員の声①





「東京経済大学・旧図書館」
                                       池田 広子
 
我が家の北側に面する道路にそって小金井市の方に向かい百メートル程歩くと、東京経済大学の図書館に通じる階段がある。雑木林の中は人に会うことも滅多になく、つい最近まで「まむしに注意!」の立看板があった。段差はそんなに高くないのだが、時々数えると、百段か百十段になる。何しろ、婆さんが息を切らして登っているので、正確に数えることが難しい。

                             2019年10月会報貫井神社2
近所住民の特権で、今までも時々利用していたが、退職後の時間を有効に使いたいと思い、朝九時に家を出て、野川沿いを歩き、途中の貫井神社に参詣して、家内安全を祈願し、心の安らぎを得た後、長い階段を登り図書館に着く。図書館建築のパイオニアと呼ばれた鬼頭梓氏による設計で1968年に完成した、天井の高い歴史ある建物だが、学生は殆どいない。私のように退職後の勉学の為、一生懸命調べものをしている人が何人か静かに座っている。持参した本を読んだり、棚の雑誌を読んだり、あっという間に昼になる。
2019年10月会報図書館1

一足早く退職した夫が多分家にいる。一日中、顔を突き合わせていると何となくイライラしてくる。お互い束縛しないようなるべく行動は別にしているが、時間が合えば食事を一緒にする。急ぎ帰宅し昼めしを食べ、しばし休憩して、また図書館へと向かい夕方まで過ごす。季節は七月、暑さを忘れるにはこの上なく好ましい場所だ。その快適さにどっぷりはまった。いつしか定席らしきものも決まり、一日中本に囲まれ学者か知識人にでもなった気分で最高に幸せだった。でも根が飽きっぽい性格なのか、一カ月もすると、何だか脳味噌がムズムズしてきた。

図書館で一日過ごす老人は絵にもならないし、身寄りのない婆さんと受付の人に思われるのも嫌だし、本もいいけどやっぱり人もいい。仕事人間だった私は趣味もない。何か身つけねばと「パステル画」と「エッセイ」の会に入会した。どちらも、ズブの素人で、全く経験がなかったが、女は度胸と愛嬌と図々しくも大きな顔をさらしている。

サークルに入会後は図書館に行く時間は減ったが相変わらず通っていた。ある日、棚にあるファイナンシャルプランナーの資格試験の参考書が目に止まり、ちょっと挑戦してみようかな、老人の頭を刺激してやろうと思った。それからが大変、簡易と思いきや意外と奥が深い。ひたすら覚えて、スピードが要求される。誰に言われた訳でもない、自分で決めたこと猛烈に勉強した。6か月後、必死の努力が実り合格証を手にした時は本当に嬉しかった。やれば出来る。これも図書館のおかげ、感謝、感謝である。

でも数年前、東京経済大学の図書館は新しく建てられ、古い図書館は講堂に変わった。新図書館へはたまに行くが、やっぱり高い天井の古い図書館が心落ち着き、懐かしさが込み上げてくる。                    
             2019年10月会報旧図書館2

(編集注)旧図書館は2014年に現在の「大倉喜八郎 進一層館(Forward Hall)」として生まれ変わりました。






◎会員の声②




「大倉喜八郎翁と東経大所感」
                                       鶴野 哲夫

私は友人から誘われ欅友会の学習会受講を始めてから7年になる。幹事の皆様と東経大からの教室や講師の先生方のご協力のお陰で極めて低額の会費で受講に参加でき感謝している。受講日には米寿の私は自宅と教室の往路で大学の長い坂を上り正門を入るとホッとして学内の風景を観察する余裕はない。東経大については明治の財界人大倉喜八郎翁が創設した大倉高商が前身であることだけは知っていた。
2019年10月会報東京経済大学2

昨年暮れに翁が主役の伝記的書籍「怪物商人」を著者江上剛の筆力に惹きつけられ専心通読した。作品は翁の生涯の行動、心理描写、著者の連想などを含め巧みに書かれている。経済小説に分類されると思うが大筋に誤りはないと思っている。私はかねて東経大・欅友会には謝意の気持ちがあり東経大と喜八郎翁の事績を調べようと考えていた。この度投稿の機会を頂いたのでテーマは大倉喜八郎翁を選んだ。この拙文が欅友会会員各位の大倉喜八郎翁の事績研究の端緒になれば幸いである。

参考資料を求めて受講日の午前、図書館を訪ねたが休館。隣の本部事務室は開いており感じのいい若い女子職員(東経大出身)のみ在席。大倉翁や大学構内の見どころなどを親切に説明して貰い地図、資料を頂き大学敷地内を散策する。

最初に注目したのは葵陵会館隣接地の「建学の由来」碑である。平成元年十一月葵友会が建立。碑は綺麗に剪定された低木常緑のツツジなどが配置された奥にあり巨岩と一体のモニュメントを形成している。私は碑文を読み翁に対する敬意の念と人材養成の熱意を感じた。東経大理解のためにも来学者には必見の場所である。碑文は簡潔に大倉喜八郎翁による商業学校設立の趣旨、東経大に至る経緯、翁の偉大な志を偲ぶ卒業生の心情が刻まれている。碑文下記のとおり。キャンパス地図に碑の表示がないのは残念である。 
             2019年10月会報記念碑1
                      
                    「建学の由来」碑 

・大倉喜八郎翁は明治草創の期に貿易業ほか諸事業を興し我が国産業の興隆に貢献した               
・翁はかねてより国際通商に役立つ商業学の振興と人材養成の肝要なるを痛感し明治三十三年還暦を迎えるに当たり澁澤栄一翁を始め石黒忠悳翁渡邉洪基氏らの諸賢に諮って東京赤坂葵町に大倉商業学校を創立した 
・同校は大正八年大倉高等商業学校に昇格しさらに戦後幾多の難局を克服して昭和二十四年東京経済大学となり現状を迎えるに至った 
・われら同窓会結成八十周年を機に創立者大倉翁の先見の明と高壮の志を偲び建学の由来を誌して茲に碑を建立する    
「平成元年十一月
東京経済大学葵友会」                                   
 


次に喜八郎翁の唱えた聞き慣れない「進一層」は東経大の建学の精神として校是になっていることを知った。受講者として言葉の意味を知りたいので確かめることにした。校地南側の旧図書館をリニューアルした「大倉喜八郎 進一層館(Forward Hall)」の白壁は緑樹の中に美しく映えていた。館内には大倉喜八郎のコーナーがあり関係品が展示してある。建物の前には英国風インバネスコート着用の翁の雄姿像が立っている。
                         2019年10月会報新一層館1

像の土台には【校章と葵の葉に囲まれた 大倉喜八郎 建学の精神 進一層】の字句が表示され、像と一体のモニュメントになっている。将来、東経大で学んだ卒業生の瞼に永遠に浮かぶ像となるであろう。館名に“進一層”を取り入れていることは創設者の遺訓ともいえる大学の最重要語になっていると思う。進一層は語呂もよく聴く耳に快く響く。進一層は東経大のキャツチフレーズともいえる。    

言葉の意味を検索したところ【「困難に出会ってもひるまずに、なお一層前に進む」という、現代の「チャレンジ精神」に近い意味である。東経大の前身・大倉商業学校の創立者である大倉喜八郎が使用していた言葉で、東経大の建学の精神となっている。】とあった。なお、「大倉喜八郎かく語りき」(東経大史料委員会編:H28年)には翁が生徒らに「進一層」と「責任と信用」の重さを説いたことを紹介している。私は像は正門付近に朝夕通学する東経大生を見守る位置にあれば最高と思ったが?
なお東経大新聞会発行のTHYME(タイム)2018.p.62に翁の名言があり転載する。

・時は金なり
・油断をするな
・天物を暴殄(ぼうてん=荒らす、滅ぼす)するな
・信用を重んずべし 信用なき人は首なき人と同様なりと知るべし
・何事も魂を込めて誠心誠意をもって働け
・遊ぶも働くも月日は流る。奮闘に興味を持つべし
・楽隠居の考えをやめ 勇気を鼓し 家のため 国のために努力するこそ人間の本分なり
・他人が十時間働くなら 自分は十二時間働け 精神一到何事不成の心持ちをもってすれば 成功必ず疑い
なし

 
永遠に通ずる人生訓として昭和一桁の私には金言である。グローバル化の進む21世紀の現在、政治体制や民意も変化している中で学生の新聞会が掲載されたことに敬意と一種の安心感を覚えた。翁がご現存ならば近年問題になっている勤務時間、女子の登用、利益の企業内留保、正規・非正規の差別、所得格差の階級化、AI対応など経済人としての考えを聞いてみたいものである。





2019年8月会報原稿22019年8月会報原稿2





特集「わたしの好きな町・思い出の地」「わたしが感動した映画」「わたしの好きな思い出の曲」(1)

上記のテーマで400字の短文を書いていただきました。12月まで3回に分けてご紹介します。




「思い出の街、コペンハーゲン」       宮武 光吉

1965年、世界保健機関のフェローとして、3か月余り、デンマークに滞在しました。コペンハーゲンに到着したのは、2月末だったので、その夜の最低気温はマイナス20度でした。中央駅前のこじんまりしたホテルにチェックインしてから、出迎えてくれた、日本人の知人と遅い夕食に出かけ、そこで食べたのが、チキンの丸焼きでした。
2019年10月会報コペンハーゲン1

翌朝、町はずれにある大学で、質素な開講式があり、研修が始まりました。社会保障国家として認められつつあった、デンマークの実情を見せるために、発展途上国の若い専門家たちを招待したというのが、かの国の狙いだったようです。
1週間ほどで、ホテルから、都心にあるペンションを経て、郊外の戸建ての下宿に落ち着きました。古い石造りのビルが立ち並ぶ繁華街とは違った穏やかな暮らしでした。

人は、最初に出会った街に惚れる、とは誰の言葉でしたか、コペンハーゲンは、私にとって最初の外国の街でした。それから三度訪れ、最後は25年前に家内と一緒に行きました。



「琵琶湖周航の歌」              近藤 裕

昭和29年夏、友人男性3人と4人で、長野県白樺湖に行きました。夜行列車で偶然同席した女性5人グループと行き先が同じだったので、夜バンガローで遅くまでゲームをして遊びました。次の日に早く起きて、ボートに乗る約束をしました。翌朝起こしても、誰も起きてくれません。止むを得ず私一人で湖畔へ行きましたら、何と女性グループも来たのはただ一人だけでした。

                             2019年10月会報白樺湖1
仕方がないので二人でボートに乗りました。朝もやの立ち込めた早朝で、ボートは私たちの一隻だけで、他には誰もいません。男女共学の経験がなかったので、何を話していいのか困ってしまいました。勇気をだして、「琵琶湖周航の歌」を歌いました。「煙る狭霧やさざ波の」という歌詞がぴったりの、ロマンチックな風景でした。

東京に帰ってから3年ほど交際して、その女性と結婚しました。それから次々と幸運が舞い込んで、幸せな人生をおくりました。生涯わすれられない大好きな歌です。


「宝塚大劇場雪組公演を観劇して」2019年7月2日   広瀬 義隆

きっかけはテレビ番組「歴史ヒストリア」で小林一三(雅号逸翁)の宝塚少女歌劇団の創設への思いに触れたことでした。それで、宝塚大劇場で雪組の公演を三田の姉と家内の三人で観てきました。原作 浅田次郎の初の時代小説「壬生義士伝」―田舎侍の南部藩士吉村貫一郎を雪組のトップスター望(のぞ)海(み)風(ふう)斗(と)が、その妻しづをトップ娘役・真(ま)彩(あや)希(き)帆(ほ)が演じ、武士としての義、家族への愛、友への友情を実に美しく華やかに「芝居」をしてくれ、魅了させてくれました。

2019年10月会報宝塚大劇場1
そして第二部が始まり、その「華やかさ」「歌唱力」「ダンス」どれ一つをとっても超一流で、タイトルの「Music Revolution」のとおり、今までのどのショーよりも進化した「明るさ」と「スピード感」「ハーモニー」を見せて頂き、本当に興奮し、涙が出るほど感動しました。(座席は前列三列目中央43~45番)

公演に先立ち、小林一三記念館で鉄道事業以外に多方面で活躍された起業家小林一三の華麗なる軌跡をビデオ、写真、文書などで拝見し、その邸宅レストランでランチが出来たのも、感慨深いものでした。



「国立市」             高橋 和夫(よしお)

私は生まれてこの方色々な土地で過ごしてきたが、その中で国立市が思い出の土地である。国立市で昭和11年(1936年)2月生まれ、約30年間にわたり住んだ思い出は忘れ難いものがある。国立市との縁は父が当時の東京商科大学(現在の一橋大学)の職員で、大学構内の住宅に入居していたことであった。現在も校内は当時の面影を残してはいるが以前は自然林の中のような感じであった。私たち子供にはまたとない遊び場でもあった。

                             2019年10月会報国立1
国立市は関東大震災後、箱根土地(現在の西部系国土計画)の学園都市改革により、開発された経緯から、街並みも整然と区画され、住み易い環境が整っていた。現在は当時よりも大きく変わっているが、駅から少し離れた所にはまだ昔の雰囲気が残されている。戦後、国立市民は今後のことを考え、文教地区の指定を申請し、昭和27年(1952年)幸い認可されたのは、現在の国立市がよりよい環境を維持している遠因となっている。今後とも文化活動の盛んな、環境の良い国立市を期待している。




「作兵衛さんと日本を掘る」     野沢 森生(もりお)

「作兵衛さんと日本を掘る」(熊谷博子監督 2018年 111分 オフィス熊谷製作)
山本作兵衛は筑豊・遠賀川の川船頭の息子として生まれ、五十余年間の坑内生活で数多くのヤマを転々された炭鉱労働者であったが、六十歳も半ばを過ぎた離職後に夜警を勤めながら、ツルハシを絵筆に持ちかえ「子孫に炭鉱生活を伝えたい」として丹念で克明な画文集などを数多く残された。その偉業は二〇一一年五月に五百八十九点の絵画や百八点の日記などがユネスコの認定する「世界記憶遺産」に日本国内から初めて登録された。

2019年10月会報
その炭鉱記録画を基にしたドキュメンタリー映画であるが、元抗夫や作兵衛さんを知る人々の証言などを交えたもので、まる七年かけて作成された。炭鉱は今日の労働問題やエネルギー政策の原点といえるところであった。また監督は「炭鉱は文化を生み出したが、原発は文化を生み出さなかった」とも言われた。まさに「心に響く」感動した作品でした。




「ベートーベンのピアノソナタ」      加藤 武夫

私は、クラシック音楽の中では、ピアノソナタが特に好きである。50年近く聴き続けている。歳を経るにつれて、その作曲家の晩年の作品に絞られてきた。ベートーベン、モーツアルト、シューベルトのそれである。
私のサラリーマン時代は、ストレスで心身共にぼろぼろであった。そんな私を救ってくれたのがピアノソナタ、中でもベートーベンの後期三曲のピアノソナタ(作品106、109、111)であった。  

                                   2019年10月会報ベートーベン1
私の敬愛する故五味康祐氏は、知る人ぞ知るクラシック通の作家であるが、彼は、「ピアノソナタのなかでは、ベートーベンの後期三曲が、ピアノで綴られた新約聖書と呼ばれるもので、古今無双の名品だ」と言っている。私も、まったく同感である。
作品106と109の第三楽章、111の第二楽章(三楽章はない)のアダージョは、苦しみ、悩み、哀しみを乗り越え、幽玄の境地を切々とピアノで綴っている。我が身に置き換えて、長年私はそれを聴き、救われてきた。涙なくしては聴かれない。



「白い花の咲く頃」              内田 豊

私はクラシック音楽を聴くのが好きですが、学生時代から合唱や外国の民謡等のほか抒情歌を歌うのも好きでした。
そこで、今回はクラシック音楽ではなく、その好きな抒情歌の中から戦後のラジオ歌謡から生まれたヒット曲で、或るエピソードに纏わるこの曲を選びました。

2019年10月会報白い花1
先年、こんなことがありました。ある音楽の出版社の社長から誘われて、秋葉原にあった岡本敦郎(この曲を歌った歌手)の店に行った折、そこで同行した社長から勧められてこの曲を歌ったところ、1番を歌い終わると奥の方から岡本敦郎本人が出てきて後ろから肩をたたき、「大変上手ですよ」と声をかけられ、「2番を私と一緒に歌いましょう」と言われて驚きましたが、こんな機会は二度とないだろうと思ってその気になり、一緒に歌って楽しんだのが良い思い出になりました。

最近は、歌を歌う機会がありませんが、戦後一世を風靡した抒情歌にはこの他にも沢山の名曲が生まれています。



「中央線の国分寺駅と武蔵小金井駅」      笠原 忠興

本年は中央線新宿~八王子間、併せて中野、武蔵境、国分寺、立川、八王子の各駅が明治22年に開業して130周年。武蔵小金井駅は大正15年開業で93周年になった。
私が社会人になって通勤に利用したのは全て中央線の各駅。独身時代は高円寺駅、結婚して荻窪駅と西荻窪駅、自宅を小金井市に求めて武蔵小金井駅、年金生活に入って国分寺駅と都心からは順次遠くなって来た。しかし、私の人生の半分40年間は専ら国分寺駅と武蔵小金井駅にお世話になっている訳で、両駅には愛着が尽きない。

                             2019年10月会報中央線2
殊にJR東日本と関連自治体の努力により、三鷹~立川間連続立体交差の完成および国分寺、武蔵小金井両駅のホーム2面、4線化、併せて両駅の駅舎・駅前再開発事業の進展を当初から見守り、その恩恵を享受してきた私である。“乗り鉄”であった私が、国分寺駅北口と武蔵小金井駅南口の両第2次開発事業の竣工をいまや遅しと急く、“観る鉄”となってここに居る。 




「わたしの好きな思い出の一曲」       内山 晴信

小中学校の音楽授業で接した曲も多々あるが、クラシック音楽の中から「カール・ベーム指揮ヴィーン・フィルハーモニー演ずるブルックナー交響曲第4番」を選定した。この指揮者の管弦楽分野の録音はあまり無く、ドイツ・グラモフォンから生誕70歳記念として発売されたベルリン・フィル演奏シューベルト第9番(ハ長調)やそれ以前のモーツァルト交響曲全集くらい。

2019年10月会報ブルックナー1
「ゴツゴツとした音の塊」のブルックナー演奏が多い中で、この録音ではヴィーン・フィルの長閑な音色、全般にゆったりとしたテンポ、英デッカ特有の優秀収録などが見事に作用して、円熟味を増した巨匠の彫の深い驚異的名演奏が誕生した。これ以降、私は馴染み難かったブルックナーの曲を幅広く聴く契機になったが、ベーム/ヴィーン・フィル来日演奏会終了後、どの演奏会でも「現人神」を崇めるようにファンが舞台下に殺到したので、この録音の影響は多大であったと思っている。 



映画「ひまわり」              関塚 恵子

娯楽の少なかった時代、私の青春時代はまさに映画と共に歩み、映画から得たものは計り知れません。子供の頃家族で観た「名犬ラッシー/家路」に始まり、あちこちの映画館に足を運び、それは今日に至っています。
感動した映画はたくさんありますが、やはり筆頭は1970年9月に公開された、イタリア、フランス、ソ連の合作映画「ひまわり」でしょうか。監督はヴィットリオ・デ・シーカ、音楽はヘンリ―・マンシーニが担当しています。
                            2019年10月ひまわり2
戦争によって引き裂かれた夫妻の行く末を悲哀を込め描いた作品で、貧しいお針子を演じたジョバンナ(ソフィア・ローレン)、電気技師のアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)の迫真の演技に涙しました、エンディングでの地平線にまで及ぶ画面いっぱいのひまわり畑(ウクライナのヘルソン州で撮影)、流れてくる音楽に、感動、感動でした。そして、戦争という大きな運命の前に、二人の人生を狂わせたことに憤りを覚えたものです。



「思い出の地」             小田切 豊雄

郷里の山梨から昭和42年に東経大卒後、某損害保険会社に奉職して静岡を振り出しに名古屋、浜松を経て甲府に昭和54年4月に転任になった。妻の郷里でもあったので家族4人の喜びは一入であり、親戚縁者、友人も多く、霊峰富士を仰ぎ見る生活は快適であった。

2019年10月会報家族そろって歌合戦1
思い出は数多いが、翌年の4月に「家族そろって歌合戦」決勝大会で、妻と長男(小2)幼稚園児の次男が出場して見事優勝した。この番組はTBSの放映で、漫才師の獅子てんやと瀬戸わんやの軽妙な司会と審査員は高木東六、笠置シズ子、市川昭介の豪華キャストで、長く続いている家族向けの人気番組であった。当日は人気歌手の千昌夫、榊原郁恵のゲスト出演もあり、1500名収容の県内一の大ホールも満員となり、我が家にとっては忘れ得ぬ最大の思い出となった。

その後、長崎転勤を経て東京勤務となった折、埼玉に終の棲家を得て34年になるが、何と云っても幼少時代、青春時代も含めて23年間を暮らした山梨は好きである。・・・「故郷の山は有難きかな」である。




「お知らせと訂正」

≪お知らせ≫
来年度会員募集は11月号でご案内します。2020年学習会スケジュールは別添の通りです。


≪お詫びと訂正≫ 
会報8月号の号数と発行日に間違いがありました。お詫びして訂正いたします。
1ページ(誤)第319号→(正)330号、(誤)2018年8月9日→(正)2019年8月8日


編集後記)
一夜を境に気温がすとんと下がり、秋の気配が強くなりました。会報は学習会要旨の掲載がない10月~12月は会員の投稿文満載でお送りします。2000字で書く充実の「会員の声」と、読んで楽しい400字の「特集」は、接点が少ない会員同士がこれを書いたのはどんな方だろうと密かに注目するきっかけでもあります。今年の特集は好きな映画・音楽・場所へ寄せる心をテーマにご投稿いただきました。12月まで3回に分けて掲載しますので、お楽しみに。ご投稿くださった皆様、ありがとうございます。
                                     (編集長:大崎尚子)
メニュー
アクセスカウンター
リンク