欅の木3余白削除70 7/20 菊地 史彦 先生 - 欅友会
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学習会の要旨

◎ 7月20日(土) 学習会の要旨

2019年8月会報菊地先生2
 
日 時:7月20日(土) 13:30~16:30                             
会 場:東京経済大学 2号館 B301教室  
テーマ:映画を読む会―東宝映画「流れる」                                          
講 師:菊地 史彦 先生
(東京経済大学講師)
出席者:174名(会員:男性122名、女性:45名、
非会員:男性1名、女性6名)

【講演要旨】

                                2019年8月会報映画「流れる」2

スタッフ
監督:成瀬巳喜男 原作:幸田文 脚本:田中澄江、井手俊郎 製作:藤本真澄 音楽:斎藤一郎 
撮影:玉井正夫 編集:大井英史 美術:中古智(ちゅうこさとる)

キャスト
梨花(お春):田中絹代 つた奴:山田五十鈴 勝代:高峰秀子 なな子:岡田茉莉子 染香:杉村春子 お浜:栗島すみ子(特別出演) 米子:中北千枝子 高木(米子の前夫):加東大介 不二子(米子の娘):松山なつ子 おとよ:賀原夏子 なみ江:泉千代 なみ江の伯父(鋸山):宮口精二 
佐伯(お浜の甥):仲谷昇 巡査:松尾文人 他

あらすじ
柳橋とおぼしき東京の花街。芸者置屋「つたの家」に、職業紹介所から女中梨花(田中)がやってくる。夫は一昨年、子供も昨年死んだという梨花は、女将つた奴(山田)のお目見得も済み、「お春」と呼ばれて住み込むことになる。この置屋には、おつたの娘勝代(高峰)、妹の米子(中北)とその子ども不二子、看板借りの染香(杉村)となな子(岡田)がいる。

早速使いに出された先の食料品屋の主人は、払いが悪いせいで梨花にいい顔をしない。戻ると、おつたの腹違いの姉、おとよ(“鬼子母神”、賀原)が借金の催促に来ている。この家も抵当に入っていると教えてくれた染香もおとよに借金がある。おとよは、おつたに旦那を世話して借金の整理を画策しているが、おつたは乗らない。

数日後、(取り分で揉め「つたの家」を飛び出した)なみ江の叔父(“鋸山”、宮口)が、姪の処遇をネタにゆすりに来て、女たちは震え上る。その頃おつたは、おとよと歌舞伎座へ出かけ、鉄鋼会社社長村松との顔合わせに臨んでいたが、料亭「水野」の女将お浜(栗島)を見かけて席を立ち、帰ってきてしまう。

なみ江の叔父から30万円を請求する手紙が届いた。困ったおつたが助けを求めてお浜を訪ねると、お浜は別れた男、花山との再会を勧め、甥で花山の秘書の佐伯(仲谷)を動かす。
翌日お浜が届けてきた10万円の半分をなみ江の叔父に渡すが、相手はかえって怒り出す。この最中に米子の娘不二子が発熱し、「つたの屋」は上へ下への大騒ぎになる。

翌朝、おとよがおつたに「つたの家」を買って旅館にしたい人がいるとほのめかす。おつたはお浜に真偽をただすが、そんな気はないと相手は笑う。一方勝代はミシンの下請けをやると言いだし、世間体が悪いと反対する母親と言い争いになる。
その日の夜、お浜のとりなしで花山と会うことになり、おつたは着飾って約束の料亭に赴くが花山は急用で来ない。
翌朝、なみ江の叔父はおつたと勝代と共に警察へ。母子はお浜たちが手を回したおかげで晩には帰されたが、疲れ切ったおつたは、お浜に家を買って欲しいと頼む。お浜は過日の10万円は花山の手切れ金だったと打ち明ける。「もう男とは縁を切れってことですね」と寂しく笑うおつた。

隅田川の河畔を歩く勝代と佐伯。結婚の意志はあるかと問われて、勝代は「芸者屋の娘では肩身が狭い」と寂しい顔を見せる。
男に逃げられて酔った染香は、芸者を嫌う勝代と言い争った挙句、なな子と連れ立って「つたの家」を出た。残された母娘と梨花。家を買い取ったお浜に置屋を続けるように言われ、おつたは張り切って少女に三味線の稽古をつけている。二階では勝代がミシンを踏む。一見、新規まき直しの様子だが、お浜は裏で小料理屋への商売替えを狙って、梨花に店を任せたいと持ち掛けていた。誘いを断った梨花は、郷里へ帰る気持ちを固めていた。

成瀬巳喜男 人と作品
成瀬は1905年、東京四谷、鮫河橋(下谷万年町、芝新網町と並ぶ貧民街)の近くで生まれた。父は刺繍職人。小学校を出ると築地の工手学校(工学院大学の前身)へ進み、1920年(大正9)松竹蒲田撮影所に小道具係として入所した。1922年から助監督に就くが、監督への昇進は遅れ、後輩の小津安二郎や清水宏に追い越され、10年に及ぶ下積みを耐えた。その理由のひとつは、口数が少なく大人しい成瀬を所長の城戸四郎が嫌ったからだと言われる。

監督デビューは1930年。最初はコメディを撮らされたが、1933年の『夜ごとの夢』(主演:栗島すみ子)などで注目を集める。1934年、松竹を見限って新興の映画会社PCL(東宝の前身)へ移籍。千葉早智子主演の『妻よ薔薇のやうに』(1935)を監督して、高い評価を得る。
戦後は不調の時期があったが、1951年に『銀座化粧』(主演:田中絹代)、『めし』(主演:原節子、上原謙)で復活した。1950年代後半から60年代前半は、林芙美子の原作、水木洋子・井出俊郎・田中澄江の脚本を得、高峰秀子という畢生の女優とのコンビで全盛期を迎えた。1955年の『浮雲』(原作:林、脚本:水木、主演:高峰・森雅之)はそのピークをなす作品とされる。1969年没。


『流れる』の世界

2019年8月会報柳橋地図2

①土地の物語
柳橋(神田川が隅田川に合流する付近)は江戸中期からの花街。明治維新後は、新興の新橋と「柳新二橋」と並び称された。薩長の政府要人が通う新橋よりも柳橋の方が格は高く、粋人好みとされたという。戦災に遭うも戦後復興し、1954年には置屋127軒、芸者363人と隆盛を誇ったが、1960年代に衰退。
    2019年8月会報柳橋2019年8月会報柳橋風景1


②生活の物語
原作者の幸田文は、1951年、思うところあって筆を断ち、4カ月間柳橋の置屋で女中奉公し、その体験に基づいて『流れる』を書いた。原作でも映画でも、芸者の舞台である「お座敷」はいっさい登場しない。一貫して描かれるのは裏舞台としての置屋の日常である。ちなみに芸者への支払いは、置屋と料亭の間を取り持つ見番(三業組合)が管理する。お座敷に上がった記録の伝票から支払いがなされ、そこから看板代・諸経費を引いた分が本人の手元に渡る。しかし、不透明な部分があり、言い争いの種になる。芸者は、食事・生活消耗品は持ち込みになっているが、つい置屋の酒に手が出、ソースなどを使ってしまう。映画にもそうしたささやかな金のトラブルが描き込まれている。

③女たちの物語
つた奴を始めとする玄人の女たちの価値観や行動様式を、素人の世界からやってきた梨花が共感と困惑を伴いつつ精緻に観察している。男に期待しながら頼り切らない(未練は残す)“女の意地”を幸田と成瀬は的確につかみ取っている。

④三世代の物語
柳橋の全盛期にどっぷり浸かった旧世代(お浜・つた奴・染香)、旧世代に共感と違和感の両方を持つアプレ(戦後)世代(なな子・勝代・米子)、二世代のすれ違いと衝突を見つめる純粋戦後世代(不二子)。この三世代の“女系拡張家族”が軋みを立てながら生き残りを追求するサバイバルストーリーでもある。

⑤金をめぐる物語
登場人物たちの間で、頻繁に金のやりとり、貸し借りが行われる(必ず金額が明示される)。これは成瀬作品の基本的な特徴であり、女性映画でありながら、感情過多なメロドラマへの傾きを抑止する効果を発揮する。

⑥玄人と素人の物語
素人の梨花の方が、修羅場をくぐってきたはずの玄人よりも勇敢で知略に長けていることが次第に伝わると、玄人たちは彼女をリスペクト(一目置く、信頼)するようになる。戦後社会とは「素人が玄人よりも力を持つ社会」であることが仄めかされている。

⑦七女優たちの物語

栗島すみ子(1902[明治35]~1987)
1921年、松竹蒲田へ入所、ヘンリー小谷監督の『虞美人草』でデビュー、スター女優に。成瀬監督では『夜ごとの夢』に出演。『流れる』は19年ぶりかつ最後の映画出演。(戦前の女優のスーパースター)

杉村春子(1906[明治39]~1997)
築地小劇場から文学座へと舞台俳優の道を貫きつつ(「女の一生」「欲望という名の電車」)、黒澤・小津・成瀬監督をはじめ、戦後映画の名だたる監督作品に名を連ねた。(さまざまな感情表現、声音の使い分け、怪演)

田中絹代(1909[明治42]~1977)
1924年、松竹下加茂撮影所入所、後に蒲田へ。たちまち人気女優となる。戦前の大ヒットは『愛染かつら』。戦後は溝口健二監督『西鶴一代女』など名作の主演を数多く務める。

山田五十鈴(1917[大正6]~2012)
1930年、日活太秦撮影所入所。移籍した第一映画社で溝口監督の『浪華悲歌』『祇園の姉妹』が高評価を得る。戦後は、小津・黒澤・豊田四郎監督らと名作を残した。(立ち姿から、色・艶・品が匂う)

高峰秀子(1924[大正13]~2010)
1929年、松竹蒲田に子役で入所、アイドル的存在に。PCLに移籍し、戦後の大争議まで東宝に所属。新東宝を経てフリーとなり、成瀬・木下恵介両監督の多くの作品に出演。(夜の雨に向かい、後姿で寂しさ・不安を表現する好演技)

中北千枝子(1926[昭和2]~2005)
1944年、東宝入社。黒澤監督の『素晴らしき日曜日』に出演。『めし』『浮雲』『流れる』など成瀬作品では欠かせぬ存在だった。その後も名脇役として活躍した。(浴衣でだらしなく横になっている、それだけで米子の全てを感じさせる)

岡田茉莉子(1933[昭和8]~)
1951年、叔父の山本紫朗の勧めで東宝演技研究所入所。成瀬監督の『舞姫』でデビュー。松竹と専属契約を結び、小津監督『秋日和』出演。『秋津温泉』の吉田喜重監督と結婚。(性格・振舞い・軽やかな洋装、アプレ世代を体現)。
                                                  (文責:池田茂雄)

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