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学習会の要旨

◎3月16日学習会の要旨  

日 時:2019年3月16日(土)13:30~15:30 
会 場:東京経済大学 5号館 E102教室
テーマ:「日本経済の論点:金融・財政政策を
          基軸として」
講 師:齋藤 誠 先生
(一橋大学大学院 経済学研究科教授:
4月より名古屋大学) 
2019年4月会報斎藤先生1
                               
出席者:250名(会員:男性188名、女性56名、
        非会員:男性5名、女性1名) 
                                  
【講演要旨】


(1)
ケインズは1946年の亡くなる直前に「近頃私は、現代の経済学者諸氏が古典派の教えの中には非常に重要ないくつかの不朽の真理が含まれていることを思い起こしてくれたら、と感じている……」と言い残している。彼は、古典派の長期的均衡状態の経済学にチャレンジして大恐慌下の経済を救い、経済に政策的に働きかけてやるべきだと言った人のように見られているが、そのケインズが亡くなる直前にこんなことを言っていた。かなり象徴的だ。「古典派の教え」は短い期間で見るとあまり当らないが、長い目で見ると「なるようにしかならない」と言うメッセージを出してくれている。「なるようにしかならない」のに何か違うことができると思い始めると、われわれ人間が、天につばをするようなことになる。
                          2019年4月会報ケインズ1

いま私たちが日本の政策を司っている人たちを見ると、少し思い上がりが過ぎるのではないか思うことが多い。日銀はマイナス金利政策を2016年2月に実施し、同時にイールド・カーブ・コントロールに働きかけて長期金利をゼロに持って行く政策を打ち出した。金融部門を知悉する者からするとびっくりするような政策なので、政策立案者に「政策でやれる能力を超えているのでは」と聴くと、彼らは全然問題にしていない。彼らは、もしかしたら、社会に対する謙虚さを失ってきているのではないか。心配だ。

(2)「戦後日本経済の歩み」

2019年4月会報日本のGDP

戦後、日本の名目GDP(国内総生産)は1955年のゼロに近いところから始まって、最近では500兆円を超えるまでになった。ただし1990年代の頭からは500兆円レベルで横ばい、日本経済は失われた10年とか20年とか言われている。だが実質GDPを見ると、速度は緩やかながらもそこそこに成長を続けていることが分かる(成長率は低いが)。ただ豊かになった実感がない。
2019年4月会報実質GDP

実質GDPが増えるのは、皆さんの最終所得の正味の実質で改善されるということ。日本のように交易(貿易)で生きている国では、原材料等を輸入し、それで作った物を輸出して、そのサヤで儲けている。できるだけ安い原材料を輸入し、できるだけ良いものを作り、できるだけ高い値段で売って、所得を増やして豊かにする。われわれが技術を革新して付加価値をつけた、世界の人たちが欲しがる製品をダンピングしないで売れば、われわれの生活が豊かになる。
皆さんの中に「まだまだ成長できるはず」「まだまだ豊かになれるはずだ」「そうならないのは政策が悪いからだ」などと考えている人がおられるかもしれませんが、本当にそうなのか。

(3)「日本経済の実力」


日本経済の正味の実力は国内で頑張ったと言うだけではなく、海外環境との相互依存関係で決まる。その実力を示す指標が交易条件で、次の式で定義される。
2019年4月会報交易条件推移

交易条件=(輸出物価(円建て))/(輸入物価(円建て))

この比率の上昇している時が日本経済の実力の高い時、低下している時が実力の低迷している時になる。円高でも競争力があって、高付加価値製品を高価格で輸出できる場合は分子が大きくなり、一方で、円高の恩恵を受けて、原油や天然ガスその他の原材料などが安く輸入できて分母が小さくなるので、交易条件が上がる。

歴史的に見ると、1960年代の高度成長の時代は日本製品が世界で人気があり、輸入原材料の価格も安かったので、交易条件は非常に高かった。しかしながら73年と78年の2つのショックで石油価格が上がり、その他の原材料価格も上がって日本経済の実力は下がっていった。80年代に入ると、資源国が経済問題を抱えて原材料価格をダンピングするようになり、また85年のプラザ合意で円高に調整された事情もあって、80年代の後半には交易条件が好転する。

だが90年代後半から「失われた20年」の時代になって、また下がりはじめる。そして21世紀には東アジア諸国の経済成長が始まり、彼らの製品競争力も上がり、日本の交易条件は悪化した。国内で良い物を作っていても、国際的な場面ではどうしても安くしなければならなくなるので、自分たちが生産してきた付加価値からの取り分も少なくなる。

(4)
円の正味の実力(実質有効為替レート)は、90年代半ばまでは上がって、逆に米ドルは下がっている。円の力が強くなりつつ成長してきた時代であったが、90年代半ばから21世紀に入って円の実力は下がった。特に、小泉政権下の2002年から2007年の輸出主導の景気回復期に円の実力はどんどん下がり、リーマン・ショック後の第2次安倍政権になってからも下がり続け、正味の実力は80年代前半の水準と変わらなくなってしまった。

円安になると、輸出は伸びるが正味の所得が入ってこなくて豊かさを感じない。豊かさの実感がないのは、円の実力や交易条件とかを改善していく中での経済成長ではなかったからだ。政策が良いとか悪いとか、経営者が不甲斐ないとかのレベルではない。そういう時に、「豊かになっていない」、「失われた20年を返してくれ」といった発想になり勝ちだが、そういう発想自体が一層自分たちの可能性を縛ってしまう。厳しいけれども、客観的に向き合って、経済政策の中味を考えていけば良い。

(5)「日本の財政」

都合の悪いことを政策のせいにし、新たな政策をとるから人をくれというようなことを何度も繰り返してきた結果がワニの口の形をした「異形の姿」の財政状況になってしまった。

90年代の半ば以降、日本経済が厳しい環境になってなかなか豊かさの実感が得にくくなり、さまざまな不満が出て来てどうにかしてほしいという国民の願いが大きくなる。政府はそれに応えて何らかの対応をし、結果として国債の発行残高が増大し、今では1,000兆円を超えている。仮にこの1,000兆円を大雑把に1億人で負担すると1人当りは1,000万円、現在の名目GDPは500兆円レベルにあるから、国の借金は名目GDPの2倍(200%)ということになる。
2019年4月会報危機の度に膨らむ国債残高

振り返って見ると、国債や地方債など公債残高の増加はいろいろな意味の「危機」という言葉に結びつけられていることが分かる。95年には阪神淡路大震災があり、97~98年に金融危機、2008年にリーマン・ショック、2011年には東日本大震災があった。また「失われた20年」はデフレ危機とも言われている。

こうした危機時に国の借金が増える。なぜか。危機対応そのものに莫大なお金が必要、危機で不況になると景気対策が必要、さらに危機が口実となって増税や歳出削減の実施が先延ばしされる。97年4月に消費税増税を実施して5%になったが、次の8%になるまでに時間が掛り、2014年4月まで実施できなかった。また、経済が成長していると税収が伸びるので、増税よりも経済成長が大切なんだというようなこと(錯覚)もある。こうして、過去20年間で人々は「危機からの救済」を国家に益々求めるようになり、国の借金はどんどん膨らんだ。

(6)「東日本大震災における財政対応」

東日本大震災における財政対応は極端に大きかった。この震災復興は経済成長政策に位置づけられ「東北の復興なくして日本経済の成長なし」とか「福島の復興なくして日本経済の成長なし」とか言って、日本経済を成長させようとしたが、無責任な財政対応になってしまった。このさまざまな無駄は語り尽くせない。極端にそうだったのが、東日本大震災の時の私的な生活環境への公的助成(住宅再建に対する助成、原発事故に対する損害賠償の拡大など)であった。

東日本大震災と阪神淡路大震災の規模は図表のようになる。東日本大震災は、死者行方不明者の数では津波被害差もあって、確かに「阪神淡路」の3倍以上の数になるが、被災者数では「阪神淡路」の方が多く、全壊住家棟数ではほぼ同じ。但し棟数は集合住宅を1棟と数えるのでマンションなどが多かった「阪神淡路」の方が世帯数も多く全壊住家棟数に対する被災者数は多い。
                     2019年4月会報大地震の被害比較表

「東日本」の復興予算は当初見積19兆円(最終的に25兆円)。被災者一人当り復興予算額は「阪神淡路」は580万円だったが「東日本」は、原発対応分を含めないで3,000万円以上。この差は住宅再建に対する考え方が大きく変わったことによる。「阪神淡路」の際は「個人財産には公的支援をしない」が原則だったが、「東日本」では積極的な個人財産への支援が行われることになった。

原発事故の損害賠償も政府推計で、賠償8兆円、廃炉8兆円、除染6兆円、計22兆円、その内、除染の方は、2兆円を国が出し、残りは機構が保有する株式などの売却等で捻出するとなっており、賠償と廃炉に関しては「汚染者負担原則」で東電負担となっている。しかし、この負担額は東電の負担能力を大きく上回っている。

当然、東電は債務者になるが、その債務額は、賠償資金も、廃炉費用も、東電の財務諸表のどこにも計上されていない(前者は「エネルギー特別会計」に、後者は「原子力損害賠償廃炉機構の勘定」に計上)。これは国民負担のカモフラージュなのではないか、という疑念も生ずるところだが、これに関して「おかしい」とか「けしからん」とかいう人はあまりいない(知る限りで弁護士会だけ)。野党の人たちも言わない。借金が膨らむ原因の一端ともなってきた。要するに、東電には支払い能力がないから国民負担について議論しようと言い出したら、納税者から大反発を食らう。そこで、東電が負担すると言う建前だけで合意して、うやむやにしてしまう。こういう形で借金がどんどん増えていく。

(7)
こうした借金の増え方は過去にもあった。日本では第二次世界大戦のさなかの1944年に借金が経済規模の2倍になっている。ほかにも19世紀の英国で2倍になったことがある。
返さなくてよい公的債務はない。何らかの形で返す。自主的に返済されなければ、物価高騰という形で返済が強いられる。国債が返済(償還)されないとどうなるか。仮に人々が納税を拒否した結果、日銀が保有する国債の半分が返済されなかったとすると、日銀が、国債の購入に見合って発行した紙幣の価値が半減して物価は2倍になる。物価が2倍になると、人々の保有する金融資産の価値は半分に目減りする。結局人々は納税しない「つけ」を金融資産価値の目減りの形で支払うことになる。

借金の返済方法には2つの選択肢がある。
物価安定、低金利、経済安定を維持して、半世紀から1世紀という長い時間を掛けて少しずつ税金で「自主的に」返済する。
物価高騰、高金利、経済混乱で、短期的、「強制的に」返済させられる形をとる。

戦後、日本は選択肢②をとって短期決戦で切り抜けた。19世紀と20世紀のイギリスは、選択肢①の持久戦により、少しずつ70年から100年位かけて税収で返済していった(国債残高/国民所得を1818年の210%から1891年の43%にまで下げた)。

(8)
日本が①の戦略をとった場合はどうなるか(持久戦で1世紀かけて1,000兆円を返す戦略)。大雑把に言えば、物価を安定させ、金利は低いままで、消費税率を20%位まで上げていった場合に、ようやく100年で返済出来る。返済に100年掛けるのは例外的ではない。1720年に発行されたイギリスの国債は2014年に返済され、1945年にイギリスがアメリカから借りた金利2%のローンは2006年に完済された。国の借金が50年とか100年とかの単位で返済されるのはそんなに珍しいことではない。

なぜ税金で返すのが良いか。1つは、成長して税収を上げるのは難しくなってきている。2つは、物価上昇で帳尻をとろうとすると短期決戦で物価高騰になってしまい、経済が混乱する。そして、何よりも危機に備えて借金が出来る位の余裕(余力)を持つためにも返済できるときに少しでも返しておきたい。いまは大丈夫でも、仮に首都直下型地震のような大災害が起きて、莫大なお金が必要になった時に余力はあった方が良い。  

全てが危機のせいだ、対応が悪いのは政策のせいだ、どんどんお金をつぎ込め、と言うことではなくて、日本の経済が成長経済から成熟経済に移行したという意識がきっちりあることが肝要だ。長い目で見て歴史的な出来事に関するメモリーを正確に持っておくこと、これは自分の短い人生経験を振りかざす、というのとはまったく違う。そして、もう少し豊かさの実感というのを互いに語り合って見るのが重要なのではないか、と僕は思っています。
                            2019年4月会報一ツ橋大学

これは、その意味で、一橋大学の学生に語ったものですが、この場でそれを繰り返させていただいて結びの言葉にします。
「よき有権者として、よき市民として」
 ・具体的な数字を頭に入れておこう。
 ・基本的な理屈を理解しておこう(魔法の杖はないんだよね)。
 ・歴史のメモリーを大切にして、現在の経験を相対化しよう。

ありがとうございました。

2019年4月会報斎藤先生4

【質疑応答】(要点のみ)

Q1:プライマリーバランスについて、政府は2025年までに黒字化させると言ってはいるが、それでも借金は残る。これを税金で返すとなると、完済はかなり先になるのではないか。

A1:簡単でないことは承知している。税金だけではなく、歳出削減という大ナタも必要だが簡単ではない。消費税もこの10月には10%に上がるだろうが、そこまで上がればもう上げなくても良いという感じになるだろう。となれば、「1世紀という単位でなければ返済はできない」という相場感を皆が共有するということが大事。100年の計ですから100年の計で考えたらいろいろな形で答えが出てきて合意形成されるのではないかと思ってます。

Q2:「豊かさ」の話になるが、今後、GDPにIT社会で起こっている新しいサービスとか付加価値とかを織り込んでいった場合には、200%という数字は下がってくると思うし、ケインズは「孫の時代には仕事がなくなる」とも言っていたが、これからの情報社会における付加価値をどう考えたら良いのか教えていただきたい。

A2:すごく難しい問題で、おっしゃったように、新しい概念で行くとGDPはもっと大きくなる。それはその通りだが、それが幾らになるかは、私自身が数字を持っていないので分かりません。ただ、アメリカの経済学者のロバート・ゴードンは、1870年からの1世紀にわたるアメリカ人の生活面での改善度合について調べて本にしており、そこでは、自動車とか、電化製品とか、水道や下水道などのインフラとかの価値(効果)が、アメリカのGDPに過小に評価されていると言ってます。

しかし、彼はITに関しては否定的で、彼の理論では、ITの価値自体は大きいが、われわれが社会で経験してきた、さまざまなイノベーションが担ってきた見えざる付加価値に比べて、それほど大きくないと言ってます。GDPは、新しい技術によるわれわれの豊かさへの貢献を、うまく計ってこれなかった。だからといってITはすごい、GDPはもっと大きくなる、借金は200%から100%になる、というような比較はしたくない。とは言えGDPが拾えなかったそういう効果も押えておかないといけないのかな、とは思います。

Q3:60年償還ルールについてお伺いしたい。一般会計では国債比率は20%位で大丈夫かと思うが、償還ルールで借換えを繰り返している。これは持続可能な仕組みなのか。

A3:それ自体は、返済計画がちゃんとあれば大丈夫と言える。ただ、このままプライマリーバランスが赤字の状態で、いまのままだと、これから先に何か(危機や混乱が)あると持続性は保てなくなる。だからいろいろ考えていかなければならないと思います。

文責:横塚紘一 なお紙面の都合で講演冒頭の「原発事故」の話は割愛させていただきました。)

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