欅の木3余白削除70 会員の声(2019年1月) - 欅友会
FC2ブログ

欅友会

会員の声

A2018年8月会報原稿模様A2018年8月会報原稿模様


                                     2019年1月会報つばき挿絵1




                 「春を待つ」
 
                                加藤 武夫


         初旅の 甲斐も信濃も 晴れ渡る

         山茶花の 一輪赤し 夕日透く

         山茶花の 垣根を通る 外厠

         立春や 木末(こぬれ)膨らむ 大欅

         浮かれ出て 野川に初音 賜はれり






◎会員の声


「したまち暮らし」
                                      三宅 良一



46年間慣れ親しんできた国分寺を離れる時が来た。家財道具を引っ越し荷物として出した後の、何とも言えない淋しさは覚悟の上の行動とはいえ胸に迫るものがあった。
思えば芝白金の先祖代々の土地を処分して、(これは親戚中から反対や非難の声をあびせられたが、その声を背に耳を塞いで実行した)ここ国分寺の地に根を下ろしたのは昭和42年の3月であった。

新しい生活を夢見て、前年の1年間をかけて建築業者と設計に工事にと打ち合わせに携わってきたものが目の前に具体化されて、白いコンクリ―トの建物として出来上がっていた時の喜びは今思っても若き時代の一大事業であった。
空気もよく平地ながら夕方には富士山の頭も見え、芝を敷き詰めた庭には小綬鶏、鶯、メジロ、尾長、コゲラ、シジュウカラ、等多くの鳥が来ていた。
2019年1月会報コゲラ1
春先になるとモグラが芝の土を持ち上げるのには閉口したが、塀に這わせた蔓薔薇の赤、白、黄の花が芝の緑に映えて、充分満足した国分寺生活であった。

時がたち、昭和61年には木造の家に建て替えているが、我々夫婦も年を重ね後期高齢者となると、この広い家を体力的に維持出来なくなるのではとの心配が出て来た。まわりを見ると友人たちも家を処分してマンション暮らしになる者が出始めてきた。話によると、「庭掃除はないし、出かける時は鍵かけ一か所で済むし楽だぞ」とのたまわっている。
我々もマンション暮らしに移る時が来たようだなということで、物件探しを始めだすと、横浜に住む息子から二人の子供の通う大学の近くを選んでくれとの注文が出てきた。

孫二人の大学は上野近辺なので、文京区を探すと新築物件はとても高くて手が出ない。インターネットで色々探す内、北千住の物件が出てきた。下町であり完工は一年以上先との事であったが、二人の大学には至近で交通も利便その上広さも希望の部屋があるということで思い切って購入することとした。

                          2019年1月会報千手風景1

2014年4月我々(二人)はマンションに転居して来た。「エ! 北千住! 下町! 思い切ったことをするね」と周りの人たちから声が上がった。
何やかやあったがいよいよ「したまち暮らし」が始まった。8階の自宅マンションから眼下に荒川の大河が流れて見晴らしは誠によろしい。7月の足立花火も上空にみえる。川には水上スキーを楽しむ人たちがモーターボートに牽引されて上へ下へと波をけって流れてゆく、またエイトの艇がオールを揃えて練習している、貨物用の舟が建築資材を運んで波を両岸に打ち付けながら過ぎてゆく。
2019年1月会報荒川河川敷1

一方河川敷では休日に草野球をたのしむグループ、少年野球の試合で応援のママ達も子供たちと歓声をあげている。河川敷道路ではマラソン大会が催されたり、競技用自転車がスピードを上げて走り去って行くなど誠に平和な風景が広がっている。
 しかしこの川が人工河川であることを皆が知っているのであろうか。明治43年の大水害を契機として時の政府は荒川放水路の開削を計画、明治44年に工事を着工した。

パナマ運河開削工事の技師を勤めて帰国し、内務省の内務技監となっていた青山 士(あきら)の指揮のもと荒川放水路の開削工事が昭和5年まで20年間を要する大工事であった。

          2019年1月会報荒川放水路1
       
          総工事費31,446千円(土地買収、家屋移転等に関する費用を除く)
          現在の価値に換算すると2,300億円
          延長22km (旧赤水門~河口まで)   
           幅 500m
          土地買収面積1,088ha (日比谷公園の約67倍)
          移転戸数1,300戸

土地買収の対象者は大部分農家であった。その内には土地代金を騙されて投機に使って失くしてしまった者も出たり、また地元の銀行に預けた大地主が昭和初期の金融恐慌により、預け先の銀行が破綻して全額を失ったという悲しい話もある。
また寺の多くは無縁墓所の処置に困難を極めたと言われている。
 
とにかく多くの住民の犠牲のうえに放水路が完工されている。

放水路のお陰によりこの地区はまず水害の心配は無いと思うが、居間から見渡すと北千住駅の付近、国道4号線沿いには高層ビルやマンションが建ち並んでいるが、その間に小さな屋根が密集しており大地震による火災が発生しようものなら消防車の入れない狭い道が占めているので本当に心配だ。今後の大きな課題が残されている。

しかしこの下町の人々は明るい。おしゃべり好きが多くしかも親切なこと、来たり者にとっては生活しやすい。寡夫となってしまった私にはここが終の棲家だから多くの人と付き合って、僅かばかりとなった余生を楽しく送りたいと思っている。           
メニュー
アクセスカウンター
リンク