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学習会の要旨

◎ 1月20日(土)学習会の要旨                              

日 時:1月20日(土) 13:30~15:30                             
場 所:東京経済大学 5号館 E102教室 
テーマ:「岐路に立つEU―ユーロ・イギリス離脱・地域主義」                                        
講 師:小島 健(こじま たけし)先生(東京経済大学 経済学部教授)                                       
出席者:253名(会員:男性179名、女性 66名、非会員:男性5名、女性3名)

2018年2月会報(小島先生2)

【講演要旨】

はじめに 

最近のEU:ユーロ危機、イギリス離脱問題、地域主義の台頭

Ⅰ.EUとは何か?

(1)EUの基礎知識

 ①マーストリヒト条約(欧州連合条約:Treaty on European Union)
  1992年2月 マーストリヒト条約ヨーロッパ12カ国により調印
  1993年11月 同条約発効し、欧州連合EUが発足

 ②現在のEU
  加盟28カ国:経済的、政治的に密接な関係
  特に、商品、労働力、資本、サービスの4つの経済要素が自由に移動できる単一市場
  単一通貨ユーロの流通:現在19カ国で使用、マルク、フラン、リラはもはや流通せず 

 ③世界の中のEU
  主要国との比較:日米をGDPで上回る。人口5億1千万人の巨大経済圏

(2)EUは一日にして成らず
                              2018年2月会報欧州石炭鉄鋼共同体機関

 ①EUの第一歩
  (戦争回避のため、フランス、西ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクが当時の
  エネルギーと産業の中心の石炭と鉄鋼を共同管理する為に始まった)
  1952年7月 欧州石炭鉄鋼共同体(European Coal and Steel Community:ECSC)発足

 ②欧州経済共同体(European Economic Community:EEC)ECSCと同じ6カ国が参加
  1958年1月 EEC発足、同時に欧州原子力共同体(Euratom)も発足
  実績:域内関税の段階的引き下げ→1968年6月末に域内関税撤廃→関税同盟

2018年2月会報EECの旗

 ③ECの形成
  6カ国に3つの共同体が併存する状態(ECSC,EEC,Euratom)
  ⇒1967年 上部機構の統合=欧州共同体(European Communities:EC)形成

(3)EC/EUの拡大

 ①イギリスの加盟
  1973年1月 イギリス、アイルランド、デンマーク3カ国がECに加盟(EC9)

 ②南欧諸国の加盟
  1981年1月 ギリシャ加盟、1986年1月 スペイン、ポルトガル加盟(EC12)
 ③ソ連の崩壊と東西冷戦収束後のEU拡大
                           2018年2月会報東西冷戦終結

  1995年1月 オーストリア、フィンランド、スウェーデンがEU加盟(EU15)
  2004年5月 中・東欧を中心とした10カ国がEU加盟(EU25)
  2007年1月 ルーマニア、ブルガリアのEU加盟(EU27)
  2013年7月 クロアチア加盟(EU28カ国=5億人の市場)

(4)欧州統合の深化

 ①単一市場の完成
  1985年6月 「域内市場白書」で1992年末市場統合計画発表⇒域内障壁撤廃へ
  1993年1月 単一市場発足(モノ、ヒト、カネ、サービスの自由移動)

 ②1992年2月調印のマーストリヒト条約で単一通貨導入決定
  目的:為替変動リスクの解消、両替などのコスト解消→EU経済の競争力強化
  方法:欧州中央銀行(ECB-フランクフルト)が金融政策、ユーロ発行

2018年2月会報通貨ユーロ

 ③単一通貨ユーロの発足
  1999年1月 ユーロが正式な通貨となり金融市場に登場、11カ国で導入
  2002年1月 ユーロ現金(紙幣・硬貨)の流通開始、加盟国通貨は2か月で廃貨

Ⅱ.ユーロ危機

 (1)ユーロ危機の発生
   2007年 サブプライム・ローン問題、2008年 リーマン・ショック→欧州の銀行→財政支援
   2009年10月 ギリシャ財政危機→デフォルト危機→ギリシャ国債を持つ独仏の銀行危機
   2010年11月アイルランド、2011年3月ポルトガル→何れもトロイカ(欧州委員会、欧州中央銀行、
          IMF)による支援で救済

 (2)第2、第3のユーロ危機
   2011年6月 ギリシャ危機再燃→イタリア、スペインも危機(政権退陣)
   2012年5月 ギリシャ総選挙→危機を再選挙で収束。スペイン不動産バブル崩壊
           →欧州中央銀行(ECB)ドラギ総裁「ユーロを守るためにはECBは何でもする」
           =ECBによる国債の無制限な買収を意味→市場に安心感→2年半の危機収束

 (3)ユーロ危機の原因と制度の強化

 ①ユーロ制度そのものの欠陥
  経済危機に陥った国に対する救済措置なし(国債直接購入禁止など)

 ②制度の強化
  欧州安定メカニズム(ESM)の創設、ECBによる銀行監督システムの創設など
 
 ③今後の課題
  欧州版IMF=欧州通貨基金(EMF)創設を検討中
  財政政策の一元化→EU共通予算や財務相の設置をマクロン大統領が主張

Ⅲ.イギリスのEU離脱

                            2018年2月会報ビッグベン

 (1) イギリスとEC/EUとの関係
 1973年 イギリスEC加盟(60年代に英国が加盟申請したがドゴール大統領が拒否)
 
 1992年2月 マーストリヒト条約(EU条約)調印
     しかし通貨統合(単一通貨ユーロ)からイギリスはopt out(とりあえず参加しない)
     域内国境管理の廃止(=人の自由移動)を規定したシェンゲン協定にも不参加
 
 2016年6月23日 国民投票の結果:離脱51.9%、残留48.1%の僅差で政府の予測に反してEU
 離脱を決定せざるをえなくなった。 Brexit:Britainとexitの合成語

(2) イギリス離脱の背景

 ①主権の回復
  EUの決定は欧州委員会(ブリュッセル)でなされ、民主主義が機能していない。

 ②ネオリベラリズム的政策とグローバリゼーションへの反発。サッチャー政権以後の格差拡大、
  社会的不安定化→エリート層に対する労働者の反発⇒離脱支持

 ③不満・不安のはけ口としての移民問題
  東欧特にポーランド移民の急増←2004年EUに東欧諸国など10カ国加盟

(3)離脱交渉の経緯と行方
   2017年3月29日 英国EUに正式に離脱を通告⇒離脱交渉の期間は2年間

 ①第1段階
  3つの論点:清算金、EU市民の保護、北アイルランドとアイルランド共和国の国境問題
  2017年12月 3点でイギリスが譲歩したことで第2段階へ

 ②第2段階
  1月から移行期間(激変緩和措置、2年程度単一市場に残留)の協議
  3月以降「将来関係の枠組み」=EUイギリス自由貿易協定(FTA)

 ③課題
  交渉の実質的な期限は、2018年10月(議会承認手続きなど必要)
  選挙で求心力を落としたメイ英首相とメルケル独首相がそれぞれ議会で承認を取れるか?
    単一パスポート制度
    金融機関はEU内の一国で営業の免許を取ればEU域内のすべての国で自由に営業できる   
    =金融立国イギリスにとり重要←EUの強硬姿勢「いいとこ取りは許さない」
  最悪のシナリオ:無秩序な離脱→日本も含む世界経済の混乱必至

Ⅳ. 地域主義の台頭

 ①スコットランドの独立問題
  サッチャー政権下、造船・鉄鋼などの切り捨て、北海油田開発→独立機運、北欧型福祉国家を志向
  2014年9月独立を問う住民投票実施→賛成過半数なら2016年3月にも独立の可能性があったが、
  結果は独立反対55%、賛成45%で否決→Brexitで独立機運が再燃

 ②カタルーニャの独立運動
  2018年2月会報カタルーニャ独立
2017年10月1日 独立を問う住民投票→賛成90%、但しスペイン政府は認めず、プチデモン州首相は
            ブリュッセルに事実上亡命
  2017年12月21日 州議会選挙で独立派過半数(68)を超え70議席獲得
 
   背景:戦中・戦後30年以上も政権の座にあったフランコ政権による抑圧
   (カタルーニャ語禁止など)があった

 ③その他の独立運動
  イタリア北部、ベルギー北部(フランドル地方)、バスク(スペイン北部)などにある

むすび

共通の背景
 
  反戦思想を軸に結成されたEUによる国家の枠組みの緩み(国民国家の動揺)
  グローバリゼーション、新自由主義的政策

考えられる対応策
  
  EU内民主主義の確立(欧州議会の強化→EU委員長選出など)
  財政政策の一元化、ギリシャ債務の軽減又は免除

{質疑応答}

           2018年2月会報(小島先生4)

Q-1 EUは今まで何故財政政策を統一しなかったのか?
A-1 各構成国が、独自の財政政策で景気調整する余地を残すことを希望したからだが、今後は財政政策の
   統一も課題となろう。

Q-2 アジアで出来ない経済統合が何故欧州で出来たのか?
A-2 アジアと異なり、同じキリスト教徒であり、中世以降、度々統合の気運はあった。且てカントや
   ヴィクトル・ユーゴーらも欧州統一を唱えたことがある。  
   特に第一次世界大戦のあと、1920年代にはその気運が強まったが、世界恐慌で実現を阻まれた。

Q-3 英国メイ首相来日時の首脳会談の内容と、日本の対応は?
A-3 首脳会談の詳細は忘れたが、イギリスの離脱決定を受け、日本政府としては珍しく、英国に
   進出している日本企業への影響をなるべく抑えるよう、対応を求める要望書を公表した。

Q-4 EUの今後10年~20年の反移民主義はどうなるか?
A-4 今までも、ドイツやフランスで一定の反移民勢力はいたが、簡単には崩れなかった。今後も舵取りを
   誤らなければ何とか乗り切ってゆくのではないだろうか。                                        
                                     (文責:天野 肇)

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