学習会要旨

3月風景熊本先生2

◎2月25日(土) 学習会の要旨 


日 時:2017年2月25日(土)13:30~15:30 
場 所:東京経済大学2号館B301教室
テーマ:「東アジアにおける国際金融システムのあり方」
講 師:熊本 方雄 先生(東京経済大学 経済学部教授)
出席者:220名(会員:男性145名、女性73名、 非会員:女性2名)

【講演要旨】


1.はじめに

周知の通り、アジアの新興諸国は、リーマン・ショック以降の世界金融危機の中で世界経済の減速を下支えする重要な役割を果たした。また、ASEANはFTA(自由貿易協定)を通じて自由貿易を促進する等、実体経済面では成長しているように見えるが、金融面では未だ脆弱性を内包している。特に、近年は、各国で金融の量的緩和政策を採っているため、世界的に流動性が過剰となり、この結果、東アジア諸国に域外から資本が流入したかと思えば、何らかのショックによって突如域外へ流出し、その結果、各国の為替相場は金利、資産価格が大きく変動し、これが実体経済にも影響を与えている。

                               3月会報アジア通貨危機ⅰ

 本日は、東アジア諸国(ASEAN+3「日中韓」)の国際金融・通貨面における課題に関して3つ指摘する。すなわち、①資本市場が未整備であること。②東アジア諸国における為替相場制度や資本規制に関する制度にバラツキがあること。③資本流出に対する頑健性・耐性に関する問題の3つ。この3つは複雑に関連する問題である。

2.資本市場の未整備(課題①)

東アジア各国は、経済成長に伴い、自国の貯蓄を増加させてきたが、資本市場が未整備であるため、その貯蓄が自国の投資に直接結びついていない。域内の貯蓄は、一旦域外に出た後で、他の地域の資金と共に再び域内に戻ってくるという動きをしている。
世界全体の資本移動の構図を概観すると、米国に世界から資金が流入し、これが再び世界全体に環流している。この構図は、リーマン・ショックの前後で変わらない。東アジア諸国の資本移動も、概ねこの構図の中で理解出来る。東アジア諸国が、どの国に投資し、どの国から投資を受けているかというデータから、やはり、域内の貯蓄が、主に米国に投資され、これが東アジア諸国に還流するという形になっている。

3.多様な為替相場制度、資本規制 (課題②)

東アジア諸国は、実体経済面ではASEAN経済共同体構想などの形で関係を強めているが、金融面では制度や規制に大きなバラツキがあり、その結果は、域内の為替相場が大きく変動し、域内貿易や域内投資に負の影響を与えている可能性がある。
各国は、どのような為替相場制度を採用するかを決定する際、「国際金融のトリレンマ」に直面する。これは「自由な資本移動」と「為替相場の安定性」と「金融政策の独立性」の3つの内の2つしか選択できないことを意味する。

例えば、3つの内の「自由な資本移動」と「金融政策の独立性」の2つを選ぶ場合、その国が金融政策を行うならば、金利が変化するため、資本が移動し、この結果、為替相場が変動するので「為替相場の安定性」が放棄されたことになる。「為替相場の安定性」と「金融政策の独立性」を選択すれば、金融政策を行って金利が変化するので、為替相場を安定させるためには「自由な資本移動」を放棄して資本規制をしなければならなくなる。また「自由な資本移動」と「為替相場の安定性」を選択すれば、為替相場を一定の水準に保つためには、基軸通貨国と同じ金融政策を採らなければならなくなるので「金融政策の独立性」を放棄することになる。こうして、各国は、この3つの内のどの2つを選ぶかによって、それぞれの為替相場制度を決めることになり、為替相場制度は多様になる。

3月会報アジアの通貨ⅰ

ところで、アジア通貨危機以前は、多くの国が事実上の固定相場制度を採用しており(ただし中国は資本規制を行っていた)、危機後に多くの国が変動相場制度に移行した。また、インドネシア、韓国、フィリピン、タイでは、同時にインフレーション・ターゲットを採用した。これは国内の物価水準の安定化のために採用したもので、固定相場制度が崩壊して物価を安定させるための手段(ノミナル・アンカー)を失ったために採用せざるを得なくなったものである。

一方、香港、シンガポール、ベトナムでは、為替相場ターゲットを採用しており、また、マレーシアは資本規制を採用した。このように各国が多様な為替相場制度を採用するようになり、また、為替相場ターゲットを採用する国が減少したため、域内の為替相場が変動するようになった。この為替相場の変動は、為替リスクを発生させるため、域内貿易のみならず、域内投資に負の影響を与える可能性があり、この結果、域内の貯蓄から域内の投資への流れを阻害することになる。

またアジア各国では、特に世界金融危機以降、金融の自由化とは逆行するような形で資本規制の導入を進めているが、その規制にも各国間にバラツキがあり、この面でも域内の貯蓄から域内の投資への流れが阻害されている可能性がある。

4.資本流出に対する頑健性・耐性(課題③)

近年、先進国における過剰流動性が急激に国内に流れ込んできたり、一瞬にして国外へ出て行ったり
するようになり、そうした資本流出に対してどれだけ頑健な制度を持っているのかが問題になって来た。頑健性(耐性)は、「外貨準備」、「対外純負債」、「通貨と満期のダブル・ミスマッチ」、「外国人投資家比率」、の4つの指標によって見ることが出来る。
各国の中央銀行が自国の為替相場を安定させるには、一定の「外貨準備」が必要になる。各国の外貨準備は、アジア通貨危機以前の段階では、輸入金額の3ヶ月分程度を下回る水準であったのに対し、通貨危機以降は、各国とも経常収支の黒字を蓄積し、2015年末には7~8ヶ月分程度の準備を保有するようになっており、この面での頑健性は改善されている。ただし、ベトナムは、危機後も経常収支が赤字で外貨準備は増えていない。

「対外純負債」の額は、アジア各国は経常収支の黒字を積み重ねてきたことによってその負債を減少させて来ているが、過去の債務が大きかったことから、インド、インドネシア、フィリピン、タイなどはいまだに負債国になっている。対外負債の形態は、韓国やフィリピンでは「株式」の割合が多く、これらの資金は短期的に動く性格のものであることから、両国の金融は脆弱性を持っていることになる。

アジア通貨危機においては、通貨危機と金融危機とが同時に発生する双子の危機が観察されているが、原因は「通貨と満期のダブル・ミスマッチ」にあった。アジアの金融機関は、外国通貨建てで短期のお金を借りて、それを自国通貨建ての通貨にして長期の貸出しをすることから、満期面においても通貨面においてもミスマッチが発生することになる。このような状況下で、通貨危機が発生すると自国通貨は減価し、外国通貨建ての負債が自国通貨建ての資産額を上回ることになる。この結果、銀行が債務超過になって倒産し、金融危機が発生する。

このダブル・ミスマッチは、近年、外貨建ての債務比率、また、その中に占める短期負債の比率が減少してきていることから、かなり解消されて来ている。

これに対し、「外国人投資家比率」は、データはインドネシア、韓国、マレーシア、タイに限られるが、近年、急速に上昇している。近年、各国間の資産価格の連動性が高まっており、資産価格が上昇する時には全体的に上がり、下がる時には全体的に下がるという傾向が指摘されている。これは、逃げ足が速いとされる外国人投資家による群集行動が世界規模で発生している可能性を意味する。

実際、近年の研究では、新興国への資本流入の決定要因がその国の経済成長率、インフレ率、対外債務比率などの内的要因(pull factor)から、投資家のリスク許容度などの外的要因(push factor)に変化していることが示されている。これは、ある新興国が健全な経済運営をしていたとしても、海外で何らかの経済ショックが発生した場合には、リスクオフのためにその国から一斉に資本が流出する可能性があることを意味する。

また、これに関連し、いくつかの研究では、金融のグローバル化の進展により金融市場が統合される中、市場規律が損なわれている可能性が指摘されている。金融市場統合とは、国家間の資本取引において、資本規制や取引コストなどの障壁が除去されることを意味し、一方、市場規律とは、その金融資産がリスクを正しく反映する形で価格付けが行われることを意味する。

例えば、欧州では、ユーロ導入により、為替リスクが除去された結果、金融市場統合が進展した。これが市場規律を促進していれば、例えば、ドイツのように財政収支が健全な国の国債利回りは低く、一方、ギリシャのように財政収支の赤字の大きい国の国債利回りは高くなるはずである。しかしながら、欧州の各国の国債利回りが、信用リスクや流動性リスクを反映していたかどうかを分析した結果を見ると、リーマン・ショック前には反映されておらず、市場規律がむしろ損なわれていたことがわかる。

5.課題解決のための処方箋

課題解決のための処方箋として、①AMU(アジア通貨単位)を用いた金融政策ルール、②アジア債券市場の育成のための地域金融協力、③通貨スワップ協定による地域金融協力、の3つを挙げておきたい。処方箋①は課題②、処方箋②は課題①、処方箋③は課題③に対応する。

①AMUは、概念的には欧州でユーロ導入前に採用されていたECU(欧州通貨単位)のアジア版で、ASEAN+3=13ヶ国の通貨を加重平均したバスケット通貨を意味する。これは、経済産業研究所が、域内経済のサーベイランス、為替相場政策の協調の基準として算出している。さて、伝統的な金融政策においては、短期金利(コール・レート=銀行間市場金利)が政策金利であり、その政策金利のコントロール方法としてテイラー・ルール(Taylor rule)が知られている。これは、インフレ率の目標からの乖離とGDPギャップに政策金利を反応させるというものである。

これに関し、為替市場の流動性(厚み)に乏しい国、過去においてインフレ率が不安定であった国は、インフレ率、GDPギャップのみならず、積極的に為替相場の変動に反応することで、国内経済の安定化が達成されるという議論がある。その際、東アジア諸国については、域内の実効為替相場であるAMUをターゲットとするならば、域内為替相場の変動による域内貿易、投資の縮小を軽減することができよう。

②先ほど、域内の貯蓄が域内の投資に結びついていないと述べたが、これに対する処方箋として、アジア債券市場の育成のための地域金融協力が挙げられる。これには、すでに財務省が主導して行っているプロジェクトと中央銀行が主導しているプロジェクトの2つがある。

                            3月会報ASEAN諸国1

前者はASEAN+3の財務大臣会議において合意された「アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)」であり、アジアにおける貯蓄を、アジアに対する投資に結びつけることを目的にし、アジアの債券市場の厚みを増やしていこうとするものである。今までの取り組みは、日韓の協力下での国際的な債権担保証券(CBO)の発行や、マレーシア、タイ、中国、フィリピンにおける世界銀行やアジア開発銀行(ADB)等による現地通貨建て債券の発行等々がある。

後者は、中央銀行、具体的には、EMEAP(エミアップ=東アジア・オセアニア中央銀行役員会議)が主導し、「通貨と満期のダブル・ミスマッチ」を解消するために始まった「アジア・ボンド・ファンド(ABF)プロジェクト」である。自国通貨建て債券市場を育成するために、アジア諸国の国債や、政府系機関債を運用対象とする投資信託商品を開発し、それをEMEAPに加盟する中央銀行が共同で購入する。そうすれば、起債国にとってはその国の現地通貨建てで資金を調達することが出来ることになる。

③急激な資本流出に対する処方箋として「チェンマイ・イニシアティブ」がある。これは2000年にタイのチェンマイで開催されたASEAN+3の財務大臣会議で合意された「金融協力・通貨協調」のことで、通貨危機に直面した際には、2国間通貨スワップ取極によって外貨準備を融通し合う「2国間の通貨スワップ取極」を網の目のように張り巡らして行くことで、アジア地域全体で過度な資本流出に備えようとするものである。ただし、外国人投資家のリスク許容度の変化などにより、大規模の資本流出が発生する局面にあっては、その効果は限定的となるかもしれない。


3月会報熊本先生風景2

Q&A

Q1:トランプ大統領の放言によって、予測不可能に近い変化が起こりつつあるが、国際金融の面ではこれをどう思うか?
A:大統領の失言によって短期的には市場は反応するだろうが、それが長期にわたって影響するとは思わない。例えば、現在では、「驚異的な減税政策」を採るという発言に株式市場が大きく反応しているが、具体的な内容が判明した後、市場は落ち着くであろう。

Q2:AMUには中国も入ると言われたが、政治体制の違う国が入ってうまく行くのか。アジアには多様な宗教があり、それぞれの考え方にも違いがあるので、このような統一的なシステムの運営が可能かどうかは疑問に思うが?
A:このAMUは、アジアの代表通貨にしようとするもの(通貨を統合するもの)ではありません。あくまでも域内経済の相互監視と為替相場政策協調の基準(指標)として、各国が金融政策を行う際に、域内の為替相場を安定化させることを目的に提唱されているベンチマークです。したがって、政治体制の違う国の通貨を含めることは問題ないと思います。一方、将来的に、アジアで欧州のように通貨統合が行われ、AMUがユーロのようなものになるとは思っていません。

Q3:健全なマクロ経済運営を行っていれば過度な資本流出は予防できるとのことだが、そもそも健全なマクロ経済運営とはどのようなことか?
A:外国から資本を引きつける要因として、経済成長率、インフレ率、対外債務比率などがあり、こうした経済指標を良好に保つマクロ経済運営と言うことになります。

Q4:世界規模での群集行動と言われたが、この理性を失ったような群集行動の不安定性に対抗するものはあるのか?
                                 3月会報ケインズ1

A:群集行動には合理的なものもある。ケインズの美人投票の話がそうで、彼は、自分がある行動を採ったときに、それによって得られる利得が、他の人が同じ行動を採ることによってより大きくなるような現象を美人投票に例えた。ケインズは、株式を買う時には、自分が良いと思う株式を買うのではなく、皆が良いと思っている株式を買うのが良い、平均的な意見が平均的に良いと思っている株式を買えばその株価は上がって行く、と言った。群集行動は必ずしも非合理的なものばかりではない。だが、最近は、理性を失ったものが出てきている。たとえば、新興国の中にも健全なマクロ経済運営を行っている国もあれば、そうではない国もあるが、本当に市場が規律を持っていれば、健全なマクロ経済運営を行っている国からは資本が流出することはないはずであるが、新興国という理由だけで資本が流出する現象が起きている。このような群集行動に対抗できるものは難しいかもしれないが、東アジア諸国に関しては、先ほど述べた資本市場の未整備が根本的な問題である。海外に流出した資本が還流することで、通貨のミスマッチが発生するし、外国人投資家の比率も上昇する。

Q5:最近、AIの進歩が著しいが、このAIの進歩が国際金融システムに与える影響について、どのように考えているか?
3月会報AI1

A:
AIは投資判断などには既に使われており、日本でも1987年のブラックマンデーの時には証券会社がコンピューターを使って売買をしていて、各社が同じようなプログラムで運用していたので、コンピューターの判断で各社一斉に同じ行動を取って、売りに出たというようなことがあったと聞いているが、AIがどのように利用されるか分からないため、金融システムにどのような影響を与えるのかは分かりません。
                                    (文責:横塚紘一)

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