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特集 私の忘れえぬ言葉(1)


7月会報わたしの1

7月会報忘れ得ぬ言葉1
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花森安治の言葉                      宮武 光吉
10月会報「花守安治」

「君たちのやろうとしていることは、交通事故に遇いそうな人に対して注意するようなもので、交通事故に遇った人の手当てをするより地味であり、世間からは余り認められないかも知れないが、とても大事なことだと思う。」

この言葉は、学生時代に農村の保健予防活動に出かける資金集めに、顧問教授の紹介を貰って、暮らしの手帖社を訪問し、なにがしかの寄付を依頼した時に、花森安治さんから直接聞いた言葉です。「とと姉ちゃん」の花山編集長とは違って、温顔でしたが鋭い目つきで話されたのが、印象に残り、私にとって「忘れ得ぬ言葉」の一つになっています

。爾来40年余り、主として保健予防・公衆衛生行政に従事してきましたが、一昨年の暮れに脳梗塞を発症、頸動脈内膜剥離術を受けることになり、担当医から、「この手術は、再発予防のためです。」と説明され、自分自身のこととして、この言葉を思い出し、施術を承諾したのでした。

「大切なものは目に見えない、心で見る」  広瀬 義隆
                                   10月会報「星の王子さま」

いまから50年ほど前、学生時代のドイツ語の講義ではアントワーヌ・ド・サン=テクジュペリ著の「星の王子さま」のドイツ語訳が教科書でした。原著はフランス語で「Le Petit Prince」で1945年11月に出版、日本語版は内藤濯訳で1953年3月に出版されています。

日本語訳版、英訳版など何度も読み、著者のサンテクがこの「星の王子さま」から伝えたかったことは何だったのか?そこにはパイロット(サンテク自身)と星の王子さまとの会話を通して、著者サンテクから地球人への強いメッセージがありました。

「心で見なくちゃ、ものごとは良く見えないのさ、肝心なことは目に見えない」というセリフを繰り返しています。「大切なものは、目には見えない、心で見る」
これが、私の忘れ得ぬ言葉になっています。そして、九歳になる孫に「星の王子さま」のお話をヒツジの絵などを、描かせながら、この言葉を伝えました。

幻の「初心貫徹」            内古閑 徹 
10月会報「学校」
 小学校の先生が、中学校入学を祝して生徒各人に色紙を書いて下さった。小生には、墨痕鮮やかに“初心貫徹”と書いていただいた。入学を果たした喜びで、将来に向かって初々しい決意を、忘れるべからず、やり遂げようと己を引き締めた。同時に小生の名前の一字を選んでくださったことに、大変勇気づけられたことが、忘れられない。

 この四字熟語の格言を、現在の今まで、節目節目で、あの時の決意を心に想い浮かべて、心の糧に過ごしてきた。
 最近ふと気になり、辞書を引いたところ、この言葉がない。あるのは、“初志貫徹”“初意貫徹”“初心一徹”“初志一貫”など。残念なことに、その色紙は今、もう手許にない。

私が、今日まで“初心貫徹”と思っていたのは、幻であったのか。はたまた、先生の造語であったのか。先生にお聴きしたら、「そんなこともありましたかな」とはにかみながら微笑まれるかも。

「文章はその人の知性を表す、文字はその人の人柄を表す」                    望月 温
                                10月会報「文字文章」
社会人になった頃、会社の上司や先輩には戦前軍の学校を卒業した職業軍人の方が何人かおられた。この先輩の皆さんは大変優秀であるだけでなく、人間的にも魅力のある人が多かった。

当時はワープロなどと云う便利な機械が存在せず、毎月提出する業務報告書はカーボン紙を挿んだ薄い報告用紙にボールペンで書いて提出する為、この作業が元来悪筆の私の悩みであった。月報は、自分の上司から研究所長に回り、最終には図書室に保存される仕組みになっていた。

入社後暫らくしてから、職業軍人であった上司から「文章はその人の知性を表す、文字はその人の人柄を表すと言われる。将来恥をかかない為にも文字を書く練習をするように」。併せて「昔、軍の学校で陛下と言う文字を階下と書いて退校になった生徒がいた。退校理由は不敬と云う事ではなく、字を間違えるような上官は部下を殺すと云う事であった。

緊張感を持って文章を書き誤字には気を付ける事」と言われた。私の生涯忘れ得ぬ有り難い言葉であった。

わたしの忘れ得ぬ言葉            内田 豊

10月会報「雑草」

私は高校時代、文科系の或るクラブに所属し部活をしておりましたが、そこで厳しくも思いやりのある素晴らしい顧問の先生に巡り合い指導を受けることが出来ました。

そして卒業を迎えた時、先生から贈られた言葉が「踏まれても根強くしのべ道芝のやがて花咲く春は来るらむ」でした。
これを「道の辺りに生えている道芝は、いつも踏まれているのに耐えて春になると青く茂り花を咲かせる」人生の歩みもこれを範としなければならない。と説かれていました。

つまり、長い人生においては決してバラ色で楽なことばかりではない。困難なこと、辛いことの方が多いかもしれないが、辛抱強く真面目にコツコツと努力すれば必ず報われる。と諭されたものと思っています。

以来、私はこの言葉を「座右の銘」と心得、自分に対する戒めとして来ました。
そして、結婚式等で祝辞を述べる際にも、また現役時代には社員に対して様々な機会にこの言葉を引用して話をして来ました。
これからも機会あるごとに世代を超えて、この言葉の意とするところを話し伝えて行きたいと思っています。


「動けば変わる」             名取 瑞穂

                                      10月会報「動けが変わるハト」

平成2年子供が都立全寮制秋川高校へ入学。問題が多く親たちが改善運動を始めた。合言葉は「動けば変わる。闘いは楽しみながら」この言葉を常に糧として闘った。
都立高へ初の勧告を弁護士会から出す事に成功し閉校へ。

当時情報公開の開示請求は1枚40円。事実を知りたいが真黒塗り。学校日誌、教頭日誌、舎監日誌365
日3年分他で10万円近い支出。10円にならぬかと運動。情報連絡室長から40円は妥当と公文書で回答。課長会議で検討が始まり議会で通る迄数年かかるとの事。実際10円になるのに4年近くかかった。

三宅島噴火で児童が親元を離れ、秋川高校の空き寮へ入居。1棟に1台の公衆電話で不便だった時、私個人でNTT多摩中支店公衆電話部へ交渉、各寮1台ずつと売店へ、計4台増設。教頭先生から三宅島の子供が助かったと感謝の言葉。携帯電話のない時代のこと。先生とは今も賀状の挨拶は続いている。動けば変わる‼ 私にとって忘れ得ぬ言葉となっている。


「山川草木悉(ことごとく)有仏性」と共に 
              神尾 龍三郎 (写真も)

10月会報「神尾さん写真」

私の読経は、定年後わが家に残されていた江戸時代からの経本に触れたときから始まる。その頃、無性に仏教本を漁っていて掲題の言葉と出会った。

登山が趣味から自然との触れ合いが多く、今夏も花の名山・加賀白山に出掛けた。その道のりで心に残ったのは、下山途中に見つけた花の終わったチングルマ(稚児車)の美しい群生で、不思議な仏性(あわれ)を感じ思わず足が止まった。

この想いは、十一面観世音菩薩立像が明治の廃仏毀釈のため白山山頂から山麓の寺に降ろされた事実を知ったときにも生じた。仏性のはたらきと信じる。日本人の信仰は、自然崇拝から神仏習合の時代を経て今日に至っている。いま私の心は、神・仏・自然そして社会との融合ができ、霧があがった山のように輝いている。

地図と写真を見ながら、思わぬ副産物(思考の時間)をいただいたことを謹んで霊峰白山に感謝する。

「近藤君、声のトーンが低くなったね」    近藤 裕
                                  10月会報「白山」

昭和10年、私が5歳の時父は病死しました。昭和20年3月、故郷鳥取県の極貧の中で母が急死、7月に次兄が戦死、8月敗戦、姉たちは満州、年末に長兄が準戦病死しました。中学3年の私と小学5年の妹との二人は孤児同様の身の上となり、私は学校の中退を迫られ、何度か自殺しようと思いました。

そんなある日、尊敬していた大阪の中学の先輩が、心配して訪ねて来て下さいました。涙が出るほど嬉しく、大雪の中を駅まで迎えに行きました。終日いろいろと励まして頂き、翌日駅まで送って行きました。

その時先輩が言われました。「近藤君、きみ、声のトーンが低くなったね」。一瞬なんのことかと思いましたが、すぐに気がつきました。この一年、悲しいことばかり続いたので、声が暗くなったのだと。
それからはいつも明るい声で話すように心掛け、その結果人生が開けて、現在の幸せを呼び込んだのだと思います。私の終生忘れ得ぬ言葉です。

私の人生の指針になっている言葉や好きな言葉等 
                      倉田 晃

                                    10月会報「本言葉」

1. 人生常に前向きに~サミエル-ウルマンの詩「青春とは」~岡田義夫訳 
青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。<中略>人は信念と共に若く、疑惑と共に老いる。人は自信と共に若く 恐怖と共に老いる。希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。<以下省略>             

2. 心の持ち方~
人に接する時は、暖かい春の心、仕事をする時は、燃える夏の心、考える時は、澄んだ秋の心、自分に向かう時は、厳しい冬の心            
3. 「人貧乏」は駄目~人生学の師‐森 信三 
友人が多いのは、人生を豊かにする 心友-親友-真友-畏友-遊び友だち…. 一生つきあえる友だちを多く持ちなさい。「人貧乏」では、老後が暮らせません   

4. 物事の解決の為の対処法は~着眼大局、着手小局~。





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