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学習会要旨

◎ 1月23日(土)学習会の要旨                              
2月会報井上先生3

日 時:1月23日(土) 13:30~15:30                             
場 所:東京経済大学 5号館 E102教室 
テーマ:「激変する世界経済環境と日本経済の展望」                                         
講 師:井上 裕行 先生(東京経済大学経済学部教授)                                      
 出席者:231名(会員:男性 171名、女性 50名、
          非会員:男性6名、女性4名)                                    


【講演要旨】       

1 経済の見方

 本日のテーマに入る前に「経済の見方」について話をしたい。今日これからわたしがする話は日頃皆さんが新聞・TVなどから得ておられる情報と異なり、戸惑いを持たれる方が多いのではないかと思うからだ。通常一般の人は経済情報を新聞等に依存せざるを得ない。しかし、実はそのような情報がいかに歪んでいて解釈が間違っているのかをはっきりと認識することが必要だ。一番信頼性があるのは経済統計などの原データだが、実際に世の中に出てくる情報は、それらを加工し解釈を加えたものだ。一般的なメディアが発信する情報がどのようなものなのかを理解する必要がある。

(a)メディアが発信する経済情報

 メディア担当者は経済専門家ではない。彼らは官庁記者クラブを通じて役人から得た情報を分かりやすく書いて記事にすることを仕事としている。記者達は文章表現能力という点ではきわめて優秀だが、役人の言っていることが正しいかのチェック能力は欠けている。新聞・TVは公器と言われるが、実体は営利企業、広告収入が頼りで売れる新聞を作らなければならない。だから広告依頼主とりわけ大企業の広告主の意向に沿った記事を書く。当然、政府・行政との関係も重要で、行政との摩擦や政治家との軋轢を避けながら取材する。つまり実際に報道される記事は様々な制約を受けていることを理解する必要がある。記者の人事評価は記事の分析内容の深みよりも早さ(スクープ)が重視される。そのために情報提供者と親しくなっておく必要があり、情勢分析よりもネットワーク作りの努力が優先して、現実に世の中で起きている経済現象の勉強が疎かになる。

(b)エコノミストの経済分析

 いわゆる民間エコノミストは、いま起きている経済現象を分かりやすく説明してくれる。しかし彼らはアカデミックな意味での研究者ではない。彼らは民間の営利企業に属しており、その立場を反映させざるを得ない。金融機関の調査部等が提供する情報は、顧客に対する投資誘導を狙ったものだ。元々役に立つ金融情報が無料で提供されるはずがない。本当に儲かる情報があれば自分たちだけで使うだろう。ヘッジファンドは、ほかが間違っている中で自分たちだけが正しい情報を得て儲けようとする。だがそのヘッジファンドでさえ、最近の金融情勢の中で正しい情報を処理しきれていない。ましてや新聞・TVの無料で流す情報がどこまで正しいかは疑問だ。批判的に見て行く必要がある。

 経済現象を説明する人たちの中には経済学者もいる。世界経済が安定成長を続けていたリーマンショック前までは学問としての経済学も比較的安定していた。だがリーマンショック以降は市場が動揺して科学的な検証も難しくなり、経済学自体が科学として機能していない状況だ。「唯一の正しい経済理論」があって経済の因果関係がはっきりしていれば問題ないが、アベノミクスをめぐる混乱のように、いろいろな学者がいろいろなやり方で分析して違ったことを言う、信念と信念のぶつかり合いになっている。

(c)政府の公式見解

 いま行政は官邸主導になって政治家との関係が変わってきている。トップダウン型になると全体に対して締め付けが厳しくなり、行政判断は官邸の意向を無視できなくなっている。官邸への忠誠度が昇進に影響するからだ。さらに困った状況なのは、官庁のマクロ経済分析能力が圧倒的に低下していることだ。旧経済企画庁系の分野で言えば、専門家を養成する仕組みがなくなってしまった。幅広い人事体制の中で仕事が割り当てられ、個人的にマクロ分析をやりたいと言っても専門的な勉強に専念できなくなっている。役所全体が財政赤字の解消が目標という状況になっており、そこから逆算して政策的に何をするかを考えるので、このようなことを続けているとマクロ分析は必要がなくなる。

 経済見通しについて言えば、実績を見れば政府の予測は当っていないことは明らか。1%単位で予測精度を議論することは統計的に意味がない。政府の予測は政府としてこうなってほしいという期待値を表現しているものと解釈すべきだ。政府は当てようとしているのではない。政府はこう言う目標で政策を展開したいと表明しているのだ。事後的に当るかどうかの議論は余り意味がない。経済見通しの中で一番重要な情報は税収に関係する名目成長率だ。大きなずれがあると困る。財務省もその点にしか関心がない。実際に予測しても、その後に不測の事態が生じれば情勢は大きく変わる。そこで経済対策を打ち出すことになるが、これも科学的に正しい対策は難しい。財政再建が優先されている今、行政サイドで景気刺激のための追加財政支出を言いだすことは難しい。結局、どれだけのお金を使って、どれだけのことをするのかは政治的に決着させるしかない。それを役所が新聞記者にレクチャーし、それがそのまま新聞の記事になる。


2 今、世界経済に何が起きているのか?

(a)2000年代後半以降の重要な経済事件

ⅰ.サブプライムローン問題(2007年)
                                   2月会報サブプライム問題1

 2000年代のITバブルの崩壊以降、アメリカは金利を大幅に下げるとともに政策的に低所得者向けの住宅を作ることを推進して結果としてバブルになった。当時誰もが、この政策の結果暴騰した不動産価格がアメリカの実力を反映したものだと理解していた。サブプライムローン問題は単純にサブプライムローンの破綻にはとどまらなかった。サブプライムローンを組み込んだ大量の金融商品を作りだし、それを国内だけではなくヨーロッパの金融機関にも売り込んだことが問題を大きくした。当時のエコノミストたちの一般的な解釈は、サブプライムローンの証券化に伴う技術的な失敗を強調するものだった。これだけではなぜサブプライムローン問題がヨーロッパで爆発したのかということについての説明にならない。

 当時誤解があったのはサブプライムローンでアメリカ経済が崩壊すると言われたことだが、実際は複雑で、この金融商品をヨーロッパに売り込んだことが問題なのだ。ヨーロッパの金融機関はドルで購入したが、実際にリスクが発生してドルで決済を行おうとした時に自分たちだけではドルを準備できなかった。ECBもドルは供給出来なかった(そもそもそのような機能を想定していなかった)。その後、ヨーロッパにおけるドル不足という制度上の問題が認識され、ドルを供給する仕組みが作られた。とにかくアメリカ経済が崩壊してドルが暴落し世界恐慌が起こるようなことはなかった。

 リーマンショックに至る世界的な金融危機の発生を理解するためには歴史的な視点が必要だ。なぜこのような金融商品が大量に販売されたのか。アメリカは大恐慌の反省を踏まえて30年代に金融機関の銀行業務と証券業務を分離した。だが業界の要請によって90年代に規制緩和を実施し、何でもできるようになったところに2000年代に入って低金利政策を実施、そこに資金が向かっていった。要するに、ITバブルも低金利政策の結果と言えるが、90年代から長い期間を通じて今回の大問題を起こすような状況が作られてきたのだ。

ⅱ.リーマンショック(2008年)

 リーマンショックはサブプライムローン関係の金融商品の価格崩壊によって起こり、政府の支援が実施された。本来は、市場は自律的に回復するはずのもので、それに加えて異常な規模の政策対応が実施されたことから実体経済はかなりの回復を示した。2009年頃は政策担当者たちも自信を持っていた。しかし財政赤字の拡大、中央銀行のバランスシートの拡大はすさまじいものとなった。

ⅲ.ユーロ圏ソブリンリスク(2010年)

 ギリシャは小国なので財政破綻をしても、システムとしてのユーロにとっては余り大きな問題ではなかったはず。それがスペイン、ポルトガルなど、ある程度経済規模が大きな周辺国に波及すると大きな問題になる。そこで金融支援策について折衝がなされた。ギリシャ問題は終息したかのように見えるがまだなにも終わっていない。本来は破綻しているのに破綻してないかのように取り扱っているだけ。破綻すると貸した方が耐えきれないほどの損失を計上する必要が出てくるので破綻を認めるわけにはいかないからだ。債権者はただ延々と返済を求めて行くしかなく、ギリシャは返済するつもりはないだろう。

 世界経済は、2010年以降にもいろいろあったが実は大丈夫だったのではないかと感じている人が増えてきたのではないか。アメリカは政策対応もして来ており、財政赤字は解消していないが見た目の実体経済は何となく良くなっているように見える。アメリカでさえ雇用は回復し、中国も爆買いをする人たちが日本に押し寄せて来ている。日本だけが良くないのが2013年頃までの状況であった。こうしたなかで突然2015年に中国発で株価が暴落したように見えるが、実態はもっと深刻だ。これからやってくる世界的な不況の規模は29年の大恐慌に相当するものになるだろう。

(b)中国経済に何が起きているのか?
2月会報中国1

 あれだけ中国が世界の経済をけん引してきたのに、何が起きたのか。中国政府が発表するGDP成長率は常に高水準で安定している。そもそもGDP統計があれだけ早いタイミングで出せるはずがない。中国のGDP統計は政府の期待を表明するもの。結論を先に言えば、現実の中国経済はすでに止まっている。これまでは確かに異次元のペースで資源を浪費し、世界経済をけん引してきた。アメリカはそれを知りつつそれに便乗して成長してきた。アメリカ国内を見ると悲惨きわまりない水準まで格差が拡大している。1%対99%という対比はなまぬるく、実態は0.1%の人たちだけが極端に潤い、その他が取り残されている。

 中国については、2000年代にものすごい勢いで成長し、日本もその恩恵に与り、2002年以降の景気回復の初期には中国向けの輸出に助けられ、リーマンショックまでは持ちこたえられた。中国で何が起きたのか。わたしの個人的な理解では、中国経済の仕組みの中で共産党幹部の目的関数が何かを考えていくと、共産党幹部の個人的な蓄財に行きつく。党幹部が儲けようとする場合は自分自身の給与を上げることではなく自分が関与する様々なプロジェクトの利権によって蓄財しようとする。そもそも党の幹部は個人的な評価を確保するために実績を上げなければならないから、地元での投資を計画し実行する。そしてその投資プロジェクトが利権につながる。

 中国経済は2000年代にもGDPは伸びているが個人消費は全然増えていない。リーマンショック以前に増えたのは輸出であり、リーマンショック以降は投資が拡大した。しかし2013年以降住宅関連投資がストップした。リーマンショックまではアメリカ向け輸出で経済成長が成り立っていた。その輸出が止まって行き場のないお金を国内投資に向けなければならなくなり、使うあてのない住宅不動産投資に向かうことになった。中国の成長は日本の高度成長と似ていると言う人もいるがそれは違う。日本は個人消費と生産活動に必要な投資で成長を続けた。中国は輸出依存型のしかも利権に結び付くような投資に依存した成長であった。結果的に消費は伸びず、将来的な生産活動に役に立つような蓄積がなされていない。

 深刻な問題は商品市況が暴落したことだ。原油は昨年の時点で40ドルを切ると予測した人はほんのわずかしかおらず、完全に無視された。誰もがこれから中国市場が伸びるのだから原油価格もさらに上昇すると見ていた。2000年代以降、中国はあらゆる原材料需要を伸ばして来た。ここで生産活動が止まると世界経済が減速して行くのは当然のことだが、それにもかかわらず2014年にかけて株価は上昇した。なぜ上がったのか経済的な理屈で説明がつかなかった。中国の株式市場は世界標準ではない。政府が強制的に売買に介入する。100兆円も株価対策に使ったとの推計試算もある。信用買い残の異常な急増もみられた。

 2000年代に入って先進国から新興国へ資金が流れ込んでいるが、そのほとんどが中国に入っている。そのお金がリーマンショック以降は不動産投資に向かい、その不動産投資活動が止まってしまった。リーマンショック前は輸出を伸ばしていたが、その輸出が止まり、GDPは確保しなければならないから、他の何かに投資しなければならない。輸出が伸びた時に、中国は低賃金で勝負し、鉄鋼やセメントなどの資源の消費を大きく伸ばしてきた。それがここで止まってしまった。一時期中国では信じがたい勢いで高層ビルを数多く建てて来たが、それも資源の需要につながった。だが今はそれも町全体としてゴースト・タウン化している例も出てきている。商品市況を見ると、石炭も落ちている。海上運賃も暴落している。貨物が動いていない。自動車販売も落ちている。株式市場にも影響が出て来る。電力消費を見ても中国が発表するGDPはあり得ない数字になっている。

(c)米国経済に何が起きているのか?
                         2月会報リーマンショック1

 アメリカの所得格差は、80年代以降に拡大した。しかも上から0.1%の人だけが極端に所得を伸ばしている。リーマンショック後に雇用が回復していることを経済回復の成功として誇っているようだが、実際に雇用が伸びているのはパート・タイマーだけ。しかも低賃金で働ける移民者の雇用が伸びているだけだ。一方、経営者は自社株買いによる株高を実現し、ストック・オプションで所得を伸ばしており、分配面に深刻な問題がある。ロビイングで一部の人が制度有利になるように法律などの仕組みを一方的に変えてきた。格差として深刻なのは大学教育の問題もあげられる。学費が高額で高所得者の子弟しか入学できない。大学を出なければ生涯所得は低く、失業確率も高い。アメリカで景気が回復していると言ってもそのような状況だ。

(d)日本はどうなったのか?

 あれだけ悲惨な間違いだらけのアベノミクスを実施したにもかかわらず日本経済はまだ踏みとどまっている。確かに中国経済の崩壊は日本の輸出に深刻な影響が出るだろうが、資源価格が下がった場合は日本にとって有利だ。残念ながら、時間の関係でレジュメの日本経済に関する話以降が十分に出来なかった。お許し願いたい。

2月会報井上先生4


【Q&A】

Q1:中国は良くない、アメリカも問題がある、世界恐慌が起こる不安もあるといわれるが、建設的な意見や楽観的な処方箋はないのか。

A1:日本の場合は、2000年代に「失われた10年」といわれたが、実際には社会的なシステムが壊れたわけではない。中国やヨーロッパに比べて日本はかなり柔軟に対応できるので悲観的になる必要はない。中国やアメリカのようにごく一部のエリートが政策決定を行う仕組みでは取り返しのつかない誤りを犯す可能性があるが、エリート階級が欠落している日本の庶民社会はこれまでも様々な場面でも柔軟な対応で乗り切ってきた。よく情報を理解することが自分たちにとって必要なことだと思う。


Q2:昨年暮れのアメリカの利上げは、もうちょっと慎重にすれば株式市場の動揺を緩やかに抑えられたのではないか。

A2:わたくしは金融政策で対応できる状態ではないと思っている。中国経済が止まってしまったとなれば、それは後から市場が合わせて行くことだ。日々の株価の現象に惑わされることなく、5年前10年前に何が起こったのか、5年先10年先にどういうことが起こるのか、を理解することが重要だと思う。                                  
                                                                 (文責:横塚紘一)



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