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学習会の要旨

8月会報白井先生1

◎ 7月23日(土) 学習会の要旨


 日 時:7月23日(土) 13:30~16:30                             
 場 所:東京経済大学 2号館 B301教室  
 テーマ:映画を読む会―「シロタ家の20世紀」                                          
 講 師:白井 堯(たか)子 先生
       (慶應義塾福沢研究センター客員研究員)
 出席者:192名(会員:男性115名、女性:62名、
          非会員:男性7名、女性8名)


【Ⅰ】映画概要

「シロタ家の20世紀」(2008年キエフ国際ドキュメンタリー映画祭審査員大賞受賞作)
監督・脚本: 藤原智子
製作: レオ・シロタ製作委員会 大和史明
企画: 藤原智子 富田玲子 白井堯子
撮影: 海老根務 宮内一徳
編集: 田中啓
出演: ベアテ・シロタ・ゴードン   アリーヌ・カラッソ  他

2005年パリ日本文化会館で上映されたドキュメンタリー映画「ベアテの贈りもの」で紹介され、日本国憲法に男女平等を書き加えた女性として知られるベアテ・シロタ・ゴードンさんだが、その家族の歴史には戦争に翻弄され続けた波乱と悲劇に満ちた物語があった。そんなロシア出身のユダヤ人一家、シロタ家が辿った20世紀の光と影を描くとともに、シロタ家の人々が願う平和の尊さを改めて見つめ直すドキュメンタリーがこの「シロタ家の20世紀」である。


【Ⅱ】白井先生による映画紹介


この映画は、ユダヤ人の高名なピアニスト、レオ・シロタとその一家を描いたドキュメンタリー作品です。20世紀初頭のユダヤ人差別、迫害を受けた悲劇と平和を強く希求する姿を描いた作品です。全篇を流れるピアノ曲はほとんどレオ・シロタの演奏です。バックグラウンドミュージックではなく、演奏も作品の一部として聴いていただきたい。

また、こうした悲劇を通じて改めて平和の大切さを考えていただくきっかけにしていただければ幸いです。多くの人名が出てきますので、予め主な登場人物について簡単に紹介しておきます。

レオ・シロタ:ウクライナ出身のユダヤ人で、日本ともきわめて関係が深い高名なピアニスト。
ベアテ・シロタ・ゴードン:レオの娘で日本国憲法草案作成に携わった。
ピエール:レオの弟、パリで音楽プロデューサーとして名を成した。アウシュヴィッツに送られる。
ヴィクトル:レオの兄、ポーランドで指揮者として活躍していたが、ワルシャワで政治犯として収監
     され以後消息不明。
イゴール:ヴィクトルの息子。ポーランド義勇軍としてノルマンディ上陸作戦に参加するも戦死。
アリーヌ・カラッソ:ピエールの孫娘。この映画の語り部として登場。

姉=姉=兄 ヴィクトル(政治犯)=レオ・シロタ=弟 ピエール(アウシュヴィッツ)
       |         |        |
      イゴール(戦死)   ベアテ       ティナ
   (ノルマンディ上陸作戦)(新憲法)      |
                        アリーヌ(パリ在)


【Ⅲ】あらすじ


日本国憲法に男女平等の条文(24条)を書いたベアテ・シロタ・ゴードンの祖父母シロタ家は、ロシア領だったウクライナのカミェニェツ・ポドルスキの出身であった。そこには、かつて多くのユダヤ人が住んでいたが、度重なるユダヤ人迫害(ポグロム)と第2次世界大戦中のホロコーストによって、今はかつての8割がいなくなった(ディアスポラ)と言われている。衣料商をしていたレオの両親は、19世紀末、ユダヤ人迫害を逃れキエフに移った。そこで5人の子供たちは、皆音楽家を志し、史料館に残された100年以上前の音楽学校の学籍簿は、彼らが非常に優秀だったことを物語っている。

彼らは、卒業後ワルシャワで、ウイーンで、パリでとそれぞれ大都会で目覚ましい活躍をした。
特にベアテの父レオは、ブゾーニに認められヨーロッパの楽壇で世界的ピアニストとして大活躍、「リストの再来」と言われた。山田耕筰に請われて日本で演奏会を開いた翌年1929年からは日本で17年間ピアニストの育成と演奏活動を行い、日本の楽壇に貢献している。後の大家園田高弘、藤田晴子等を育成した。

レオの弟のピエールは、サンクトペテルブルクの音楽院で学んだが、舞台に立つと上がってしまう性格だったので, ピアニストを断念。音楽プロデユーサーとしてパリで活躍。近代音楽とロシアのバレエやオペラをヨーロッパに紹介したり、フランスの俳優モーリス・シュヴァリエやシャンソン歌手ミスタンゲットなど、有名な芸術家のマネージャーを務め名声を得た。

      8月会報シロタ家の⒛世紀1
                  8月会報シロタ家20世紀2
                              8月会報シロタ家の⒛世紀2

だがヨーロッパに残ったシロタ一族は、ナチの台頭と第2次世界大戦で、悲劇的な最期を遂げる。ピエールはアウシュヴィッツに連行され、命を落とす。長兄ヴィクトルはポーランドで指揮者として活躍していたが、1942年ワルシャワで政治犯として収監され、以後行方不明となった。その息子イゴールはポーランドの義勇軍として連合国とともに戦ったが、ノルマンディ上陸作戦で勝利を目前に戦死。第2次大戦中日本にいたレオは、軽井沢に軟禁され、官憲の目が光る中で不自由な生活を余儀なくされた。
                           
しかし戦時中アメリカに留学し、戦後GHQのメンバーとして来日して両親と再会したベアテは、日本の新憲法の草案作成に関わり、男女平等の条文(第24条)を書いた。そして、父のレオは、戦後間もなく日本を去りアメリカのセントルイス音楽院の教授となる。1963年再び懐かしい日本で演奏会を催した。そして1965年79歳で他界した。

ベアテは、晩年、日本女性の地位向上と新憲法に込められた世界平和への理念を訴えるべく、毎年のように来日。その間には、父レオの高弟で幼馴染みのピアニスト園田高弘の記念コンサートも聞き、旧交を温める。
そしてベアテの願いを受け継ぐかのように、スペインのカナリア諸島、グラン・カナリアのテルデ市にあるヒロシマ・ナガサキ広場には、スペイン語で書かれた日本国憲法9条全文の碑が掲げられ、市長は「あの条文は世界の希望です」と語る。
(ベアテは、2012年の暮に89歳で他界。)

【Ⅳ】白井先生による解説


映画をご覧いただいた方はそれぞれの感動、安らぎ、思いなどを感じていらっしゃるので、その皆様の気持ちを傷つけないように映画終了直後に私がお話することは難しいのですが、この機会に映画に関してお話しさせていただきます。
私は小さい頃藤田晴子先生にピアノを習いました(レオの孫弟子です)。藤田先生はレオの高弟でピアニストでありながら、後に東大法学部の女子1回生として学び、国会図書館に勤務いたしました。2001年に亡くなりましたが、そのご遺産を文化事業に使ってほしいとの遺志がおありで、我々弟子たちが考えあぐねているちょうどその時に、藤原智子さん(この映画の監督)と出会い、この映画に携わることになりました。
「シロタ家の20世紀」は、戦争と迫害の20世紀の縮図であったシロタ家を、次の五つの物語で描いています。

1.人種差別

・シロタ家の出身地カミェニェツ・ポドルスキには18世紀半ばからユダヤ人が増え、19世紀半ばには多く
 のユダヤ人がこの地からア メリカのニューヨークへ移る。
 だが第2次世界大戦前まではこの地の人口の40%がユダヤ人。ロシア帝国はユダヤ人の居住地にも教育
 にも差別。ヒトラーはカミェニェツ・ポドルスキで「最終的解決」として1941年8月の2日間で10
 万人のユダヤ人を殺害した。
・シロタ家の三男ピエールはアウシュヴィッツで死去。
・次男レオの娘ベアテは、日本のドイツ人学校で差別を受けアメリカ人学校へ移る。
・ジューイッシュ・マザーとは、日本でいう「教育ママ」だが、地位や財産をいくら持っていても迫害を
 受ける宿命のユダヤ人の母親 は、子供に何か能力・技術を身に着けさせることに必死だった。レオの母
 もまさにそうだった。
8月会報レオ・シロタ2

2.音楽

・シロタ家の長兄ヴィクトルは指揮者、三男ピエールは音楽マネジャーになる。
・次男レオは世界的なピアニストになる。「ヨーロッパ最高のピアニスト」「真の芸術的ピアニスト」
 「魔王的ピアニスト」「リストの再来」と称賛された。
・レオはハルビンで出会った山田耕筰の強い要請を受けて1928年43歳で来日し、同年11月15日の
 最初のリサイタルを開いたが、「日本で初めて本物のピアノの音が鳴り響いた日」として称賛された。
・レオは1929年一家を帯同して再来日。以後17年間演奏活動と教育活動(東京音楽学校・・現在の東京
 芸術大学)に専心。ナチスの台頭でヨーロッパは政情不安定、日本は平穏と思われた。
・「レオ・シロタが来日していなかったら日本のピアノ界・音楽界の成長は数十年遅れたであろう」。
 この映画の中に流れるピアノ演奏のほとんどがレオの演奏。
・レオ、外来の音楽家のサポート。「日本は音楽的に未開の国。しかしレオがいる国、希望の国」として
 シャリアピンやルービンシュタイン来日。

3.戦争
・日独伊三国軍事同盟成立(1941年9月)、第2次世界大戦勃発。
・長男ヴィクトルは、ナチス・ドイツ占領下のワルシャワで政治犯収容所に収監され、消息を絶つ(1942
 年)。
・ヴィクトルの息子イゴールは、ポーランド軍として、ノルマンディ作戦に参戦(1944年8月20日戦死)
・三男ピエールもアウシュヴィッツで死去(1944年)。
・次男レオは妻と共に、1944年敵性外国人として軽井沢で憲兵が見張るなか軟禁され、寒さと飢えに苦し
 む。また、日本人にピアノを教えることは禁じられた。ある日、食べ物に困ったレオがあるお百姓を訪
 ねる。お百姓はしげしげとレオの顔を見て部屋に招き入れる。そこにレオの東京での演奏会のポスター
 が貼ってあった。そのお百姓はたまたま上京して日比谷公会堂に入ってピアノの演奏を聴き、感動して
 壁に貼ってあったポスターを譲ってもらった。以後レオはこのお百姓に大変助けてもらったという。
8月会報日本国憲法1

4.フェミニズム
・レオの娘ベアテはGHQ(連合国軍総司令部)の一員として日本国憲法の草案作りに携わる(人権の条
 項)。
・憲法第24条、即ち、家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた条文の草案作り。
 ①婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力
 により、維持されなければならない。
 ②配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関して
 は、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

・ベアテは日本にいる頃お手伝いさんから、日本の女性の地位が極めて低いこと(お妾さんのこと等)を
 聞いていたので、特別の感情を持ち男女平等を憲法に織り込んだ。ちなみにいまだ米国憲法にもこの条
 項はない。
・草案作りに携わったことは当時極秘にするよう指示されたので、1990年に公表されるまでわからなかっ
 た。ベアテは最後の生き証人としてそのことを公表すると同時に、女性の地位向上、平和を希求してい
 く活動を続けた。

5.平和
・ベアテの言葉「日本国憲法9条は世界のモデル」
 憲法第9条「戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認」 
 ①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による
 威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 ②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認め
 ない。
               8月会報憲法9条カナリア諸島

・スペインのフランコ政権下において大きな弾圧を体験したカナリヤ諸島のグラン・カナリアにあるテル
 デ市のヒロシマ・ナガサキ広場には、スペイン語で書かれた日本国憲法9条全文の碑が掲げられている。
 スペインがNATOに加盟する際、大反対運動が起きて日本国憲法に学ぼうということを契機に碑が建て
 られた。このことは映画が完成した後知るところとなり、あわてて取材し、無理やりこの場面を挿入し
 た。
・20世紀は迫害、差別、戦争の歴史だった。シロタ家はまさに20世紀の縮図のような歴史をたどってき
 た。皆様それぞれの方が味わった悲劇とシロタ家の悲劇と重ね合わせ、平和がいかに大切か、これから
 どうあるべきか、どのように生きていくべきかを考えていただきたい。この映画がそうしたきっかけに
 なることを切に願っている。
8月会報白井先生風景2
                            8月会報平和の鳩1

最後に質疑応答の中で、中米コスタリカも日本国同様憲法で常備軍の廃止をうたっていることも披露された。白井先生から「9条を北極星に例えたご発言は大変参考になった」とのコメントがあった。
また、2012年に亡くなったベアテさんの遺骨の一部が、富士山が良く見える霊園に安置されているという紹介があった。ベアテさんは亡くなる直前まで、日本を愛し、平和の大切さを強く訴えていたという。
                                     (文責:山田 健)

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