学習会要旨

◎4月11日(土)学習会の要旨                                             岡本先生1
     
テーマ:日本は絶望的なほど財政危機か? 
場 所:東京経済大学 2号館 B301教室     
講 師:岡本 英男 先生 (東京経済大学経済学部教授)
出席者:190名(会員:男性142名、女性34名        
        非会員:男性12名、女性2名)  
 
【講演要旨】
はじめに本日の私の話は、おそらく、皆さんの8割ぐらいの方が賛成されないのではないか、と思いながらお話しをしたいと思っております。
今日のテーマの今の財政をどう見るかとなると、おそらく、危機的と思われる人の方が、この会場にも多いことでしょう。ですが、確かに国債の累積は大きいし、赤字はずっと続いているが、何とかなるだろうと思っている人も少しはおられるのでは。私は何とかなるだろうと思う方ですが、但しそのためには、基本的な原因が何であるかをまずしっかり押さえるべきだ、とする立場です。日本経済の歩みや国債の累積の原因、そしてアベノミクスの背景と意義について正しく理解している人が意外に少ないと思うからです。

Ⅰ 日本財政の現状
1.過去からの推移
新聞や雑誌などからの圧倒的な情報は、日本財政は非常に危機的とされるもので、皆さんはそれを見聞きしておられる。だから皆さんが危ないと思われるのはある意味で当然のことで、私が大丈夫だと言えば、本当か、と言うのが世の中の雰囲気です。今日の資料を見ればますますそう思えて来るでしょう。
資料①「一般会計における歳出・歳入の状況」は、平成2~3年以降、歳出の伸びに対して税収が伸びていない状態を表わしており、その差は当然国債で埋められます。但し最近数年の税収は上向いており、税収に関して安倍政権はそれなりの役割を果たしていると言えますが、大きく見れば、大丈夫かと言う疑問は残る。財務省は「我が国財政を家計にたとえたら」火の車だと説明しますが(資料①下図)、これは事実です。ただ問題はあり、そのことは後で話します。
資料②「公債残高の累増」によると、昭和40年代はほぼ均衡財政で、平成10年代になって特例国債の発行が伸びて来た。これに、名目経済成長率の推移を重ねて見ると、この、国債の発行はバブルの崩壊とデフレでほぼ説明できます。これも後ほど説明します。

2.国際比較
外国との比較では(資料③右上の図)、日本は2004年~07年に回復の兆しもありましたが一貫して大幅な赤字が続いており、特にリーマン・ショック以降に回復が見られない(ドイツは2012年以降ほぼ均衡財政)。下の図表の「債務残高の対GDP比」を見ると日本は240%に近い。以上のように、日本の財政が悪いというのは明らかです。そこで、なぜこうなったのかについて次にお話しします。
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Ⅱ 財政赤字の継続と国債累積の原因
1.財政赤字の淵源
井手英策『財政赤字の淵源』(2012)という本があります。彼は、日本の赤字財政の原因を、一つはアメリカの要請で公共投資をやるような体制協力のようなところに、もう一つは、租税抵抗という形でなかなか増税出来ない日本財政の体質的なところに求めています(佐藤滋・古市将人『租税抵抗の財政学』も同じ)。しかし彼らの問題点は、90年代以降の日本のデフレにほとんど触れていないことです。
国債残高のGDP比は国債残高÷名目GDPですから、分母の名目GDP(名目成長率)が伸びないと下がりません。だから、先ほどの240%という数値もある意味で自然なことです。名目成長率がなぜ伸びなかったのか、これは、92年(平成2年)位から税収がどんどん下がっていること(資料①)と関係します。この頃に特別減税を実施したから皆さん方も覚えているでしょう。それは、減税しないと景気の落ち込みが一層激しくなると想定されたので実施した。当然税収は下がります。一方、一般会計歳出では、高齢化が進む中で社会保障費などが増大する。そこで、問題は平成元年~4年に掛けて、ここで何が起きたのかということです。さらに、平成8~9年には国債の発行がぐんと伸びています。こう言ったところに彼らは焦点を当てるべきです。つまり、我が国のバブルとその後の長期に亘る不況の問題と、いまの国債の累積問題とを関係づけて考える必要があるのです。

2.日米2つのバブル(1920年代のアメリカと80年代の日本)とその崩壊
土生(はぶ)芳人は、1980年代の日本のバブルと1920年代のアメリカのバブルを比較すると、株式と土地を合わせた資産増加額の対GDP比(アメリカは対GNP比)は、アメリカは177%、日本は722%と日本の方がバブルの規模がはるかに大きいと述べています。そしてアメリカのバブルの崩壊は1929年秋のニューヨーク株式市場の暴落に始まり、日本のバブルの崩壊は1990年年頭の株価暴落で始まった。両者とも株価と地価の暴落が続きましたが、圧倒的に日本のバブルの方が、規模が大きい。この事実をわたくしは重視しています。

3.バランス・シート不況
リチャード・クーも同じことを言っています。資料⑤の図1-12は株価と地価の下落の状況を示しており、失われた富は1500兆円以上(⑤図1-13)とすさまじい資産暴落でバランス・シート不況が起きた。どう言うことかと言うと、80年代後半の4年間に企業は借り入れを増やしていった。しかし、バブルが崩壊すると、企業は自分たちのバランス・シートを綺麗にするべく借り入れ返済に走る。それが長い期間に亘って続いた(⑤図1-11)。
このように考えると、国債の累積とか長期に及ぶ赤字財政の見方が変わってきます。図1-14では、これだけすさまじいバブルとその崩壊にもかかわらず、実質GDPは伸びている。だから、失われた20年と言うよりも、良くやった20年、低成長でもやっていけることを証明した20年、ではないかと言う説もあり、そう言う見方もできます。その場合、例えば図1-16を見ると、バブル崩壊以降の追加の財政赤字は460兆円、これによって実質GDPのプラスを維持したことになります。財政政策は一定の効果があった、と言うのがリチャード・クーの主張です。

またポール・クルーグマンは、自国の通貨で借り入れをする国は、借金がかなり高くても公債償還についての心配をする必要はない、デフレ下の積極的財政政策はより有効な解決策である、と言っています。その点は私も同意見です。2008年の経済危機以降、ドイツを例外として財政政策有効論が強くなっています。リフレ派の浜田宏一は金融政策のみが有効と言うが、他方、財政政策の有効性を説くリチャード・クーは、量的緩和については批判的です。私は金融と財政の両輪でデフレからの脱却を図る方が望ましいと考えています。最近の経験を踏まえて不況の場合は特に財政政策は有効との意見が強くなっており、このような見方をとると日本の財政赤字と国債の累積に対する見方も少し変わってきます。

お配りした資料の「消費増税延期と日本財政」は昨年の11月末頃に書いたものですが、私は「80年代後半の日本のバブルは20年代のアメリカのバブルよりもはるかに大きかった。アメリカではバブル破たん後に不況は大恐慌に発展したのに対して、日本ではバブル崩壊後の長期の不況下においても1%近い実質成長率を維持した……このように財政は日本の社会と経済の崩壊を食い止めるうえで大きな貢献をしたが、その分財政は大きく傷ついたのである。それゆえ、財政の立て直しもきわめて長期の計画のもとに経済と社会の状況を考慮しながらなされなければならない」としました。これは私の主張です。つまり国債残高の累積問題も決して悪くはなく、一種合理的な理由があったのです。では、国債の残高問題はどうなるのか。

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Ⅲ 国債問題の正しい考え方
借りたお金は返さなければならない、と一般的に言われている。ただ、政府の債務と国家の債務は違います(資料⑥図10-1参照)。外国に対して借りるのが国の借金。日本の場合、国債の95%以上が国内で保有されている。つまり政府が民間に借金をしている(民間から見ると資産になる)。日本の対外純資産は2013年で325兆円もあり、20年連続で世界1位を維持する最大の債権国です(外国から借りる必要はない)。アメリカは482兆円のマイナスです。そして、例えば2001年に破綻したアルゼンチンの場合はドルで外国から借金をしていた。ギリシャの場合も自国通貨での借金ではない。まず日本の国債は、国の借金ではない、という認識をしてほしい。

個人や家計の借金は良くないと考えられています。しかし家計と政府は違う。個人の場合は生涯の借金は生涯の内に返済しなければならないが、国家は永続的な存在で、その点を踏まえる必要があります。国家は国民生活の安定のために、例えばすごい失業が出た時には減税や公共事業をするとか、社会保障制度でカバーするとかしなければなりません。その点は家計とは異なる。財務省は税収確保のために家計にたとえて説明しますが(資料①)、そのたとえは正しくないと思います。不況期に財政赤字が出るのは、ある意味で自然なことです。税収が減る一方で、社会保障は簡単に削減できないからです。91年のバブル崩壊後のバランス・シート不況時には法人部門が利益を蓄積している。唯一政府が赤字になることによってバランスをとっている(資料⑤1-15b)。

青木泰樹は、経済内の貨幣流通を貨幣の産業的流通(財・サービスの取引といった経常取引に伴う貨幣の流通量)と金融的流通(金融取引に伴う貨幣の流通量)との2つに分けることによって、国債の機能を上手に説明しています(資料⑥)。国債発行は、この貨幣循環から見れば、民間に滞留する不活動貨幣を政府が取り込み、公共投資等を通じて活動貨幣化するもの(図10-2)。本来であれば産業的流通と金融的流通が直接にうまく関わるような関係が望ましく(図8-3)、そうすれば政府の国債発行による公共投資も不要になります。但しバブル崩壊後の民間経済が縮小しているような時に、政府が国債を発行して金融市場に滞留している資金を引き揚げ、それを活動資金として現実の経済に投入することによって経済を活性化する。そのような国債発行は本来の役割を担うものと言えます。

それが、不況下で増税と言うのは、政府が活動貨幣を産業的流通から引き揚げて国債の償還に充てることで、活動貨幣を不活動貨幣に送り込むことになる。これは一番やってはいけないことです。家計で借金を借金で返済する(「借り換え」でやる)となれば問題になるが、政府に関して言えば、何人かの学者が言っているように、その「借り換え」も当り前のことだと言えます(そして、それは実際頻繁に行われていることです)。経済が不況だから「借り換え」で凌ぐ、政府がそのような行動をとることは至極当たり前のことです。
したがって、増税はインフレ気味の時にやるのが良い。てきめんに物価が下がる。ただタイミングが重要。安倍首相は、個人的な好き嫌いはともかく、タイミング良く増税延期を決定した。経済で大事なのは実体経済であり、私は特に雇用の拡大が最も重要だと考えています。

繰り返しますが、一番やっていけないことは、デフレから脱却していない時の増税です。しかし、好況になれば増税するというコンセンサスは必要です。国民の不安を鎮めるために民間が保有する膨大な国債を徐々に(計画的に)日銀に移し替えていくことが望ましいこと、そして増税にするにあたってどのような税が望ましいかといった問題については、別の機会にお話しすることにして、以上で私の話を終わりにさせて頂きます。ご静聴ありがとうございました。
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【質疑応答の大要】(紙面の都合で内容を一部編集させて頂きました。)

Q1:先生は、不況下の増税は最悪だ、財政危機の心配はない、と仰いますが、多くの財政学者が消費税を上げなければ成り立たないと言っており、わたくしも一般会計予算の現状を見ると、健全財政は必要なことだと考えます。その点について、先生のお考えをもう一度お聞かせ下さい。
:わたしは、その人たちの考え方は間違っていると思っています。2006年に財政が破綻すると言った人もいますが、まだ国債価格は暴落していません(その事実が彼らの誤りを証明しています)。→Q1:もう少し詳しく説明して下さい。→A:それは(今日の話の中で説明した通り)、家計と国家は違うと言うことです。国家は社会の安定を図ることの方が大事、雇用の維持の方が大事です。→Q1:それでは財政はもたなくはありませんか?→A:ここ2~3年の財政状況は僅かながらも良くなって来ています。→Q1:消費税は?→A:消費税は良くなった時に上げれば良い。しかし当然不況下では上げてはならない。

Q2:先生は、安倍政権の増税延期は正しいと仰いましたが、2017年には上げざるを得ない。その時に景気が悪かったらどうなりますか?
:その時には上げない方が良いと思います。→Q2:しかし延期はできないのでは?→A:国会で延期の変更を賛成多数で議決すれば可能です。→Q2:もう1つ、外国に対する借金ではないと言っても政府の借金は借金、いずれは返済しなければなりません。その際、政府はインフレ政策を採らざるを得なくなるのではないか。そうなると制御不能になることはありませんか?→A:政府は2%のインフレ目標でやっているが、そのコントロールは金融の引締めや増税などの手法で可能と考えます。そう簡単ではありませんが。

Q3:財政規律をきちっと守って行くことが大事だと思いますが、先生の話は大丈夫だから現在の財政赤字は放置して良いと聞こえて仕方がない。いまの政治を見ていると不安があります。何か歯止めを掛けないといけないのではありませんか?
A:政治不信のあることは分かります。しかし不況下で財政規律を厳しくすることは、「角を矯めて牛を殺す」ことになる。吉川洋氏や井堀利宏氏のような財政規律派の先生も数多くおられますが、むしろ彼らは日本の「失われた20年」の責任を問われるべきではないか。80年代のバブルを誰が引き起こしたのか考えてみる必要があると思います(「供給の経済学」でもって規制緩和を唱和した者の責任を)。

Q4:私は、以前、20年位前のハンガリーで起きたハイパーインフレについて詳しく調べたことがあります。このインフレは、例えて言うなら、日本の国民1億2000万人の一人一人に1兆円を与えても足りない位の大きさのものでした。そのようなインフレが一体どうして起きたのかを現地に行って調べたのですが、その原因は分かりませんでした。しかし、それでも国民の皆さんは元気に明るく生活しており、不思議に感じたのですが、今日の先生のお話を聴いて、ハイパーインフレが起きても国民は決してダメにはならない理由が良く分かりました。ありがとうございました。
(文責:横塚紘一)


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