学習会要旨

◎ 4月25日(土)学習会の要旨                              
テーマ:戦後70年をどうむかえるか―「戦争の記憶」をめぐる争点を考える―  
場 所:東京経済大学 2号館 B301教室                                          
講 師:戸邉 秀明 先生(東京経済大学経済学部准教授)                              
出席者:186名(会員:男性141名、女性38名、
        非会員:男性4名、女性3名) 
戸邊先生3
                
【講演要旨】 
Ⅰ.予想できましたか? こんな「戦後70年」-はじめに
1.戦後60年/戦後50年と比較するために遡ってみると……
① 対話の途絶えた東アジア、「隣人」同士で募る嫌悪感(2015年)
② 靖国参拝で政冷経熱、中国では反日デモも(2005年)
③ とにかくお詫び・反省をして未来志向へ(1990年代後半)
 →アジアとの友好関係で言えば、この20年あまりで大きく後退
 →1990年代前半(=冷戦崩壊、日本経済の斜陽はまだ実感できない)の時期には想像できなかった
2.3つの方向からの「戦後」批判 
 ① 中国政府、韓国政府からの「軍国主義復活」批判(本当に戦後になっていないのではないか?)
 ② 政権自らによる「戦後レジームからの脱却」の声(戦後の価値観は日本にとって有害だ!)
 ③ 内外の戦争・植民地支配の被害者からの訴え(私たちにはまだ戦後さえ来ていない!)
  →大多数の「日本人」にとって「聞いてない」批判の声。これにキレるのではなく対処するには?
  →「すぐに解決」の処方箋はもちろんない。しかし、「脅えない」「だまされない」ための方策はある
3.本日の内容・流れ 
*「戦後」批判の焦点となっている「歴史認識問題」や「戦争の記憶」をめぐる諸問題の現状を検証

Ⅱ.どんな争点が出ている?-それは本当はどんな問題なのか
1.「慰安婦」問題
 ① いま一番ホットな「戦争の記憶」?
  a.『朝日新聞』による「慰安婦」の「連行」証言「誤報」訂正・謝罪(2014.9)
   →同時に出た原発事故報道「誤報」謝罪とも、同じ「吉田」という人物なので余計に増幅
   →信用の失墜、さまざまな非難が集中(関係のない元記者にまで脅迫がくる「便乗」まで)
   →だが研究者や関心のある記者の間では、この元ネタに信憑性ナシ、は1990年代後半から常識
 (朝日は初期の報道でこの証言を引用、その後、問題がわかって以後も訂正を出さず)
  b.ライバル社等、メディアの朝日中傷合戦
  →読売・産経は朝日タタキに奔走。政治的背景の違い(イデオロギー)よりも“お客の奪い合い”
    (背景にあるのは、新聞という古いメディアのジリ貧状態 →奪い合いどころか一緒に地盤沈下)
  →便乗して「慰安婦」関係の証拠資料がみなウソであるかのような明確に故意の記事も(特に週刊誌)
  →ネットにみられる「朝日=エリート」タタキによる憂さ晴らし
 (悪化する格差社会のなかで「既得権益」保持者への匿名の中傷が増大)
  c.政府与党によるメディア企業に対する特異な非難
   →「国益」を害した、という大合唱。まるで「慰安婦」関連の事実がすべてなかったかのように「捏造」を強調する議員   たち。
   →自民や維新の女性議員が、このような朝日批判の急先鋒に立っていることも、今回の特徴
② 国際社会が非難している“動かない事実”
  a.「従軍慰安婦」=「性奴隷制」という国際的理解は、この「誤報」の証言を基礎にしていない
   →国連の「慰安婦」問題のレポート(クマラスワミ報告)はより確実、多様な史料に依拠して論証
  b.国際的に非難の対象となっているのは強制的に兵士の相手をさせることそのもの
   →仮に「強制連行」の有無だけを叫べば、日本の倫理的水準そのものが疑われる(疑われている)
   (商行為だ、業者がやったんだ、という論法自体、当時も、まして現在では人権観念の欠如の典型)
 ③ 覆せない「河野談話」  
  a.政府=日本軍の関与を根本的には否定できない安倍政権
   →米国議会・政府が注視している(「韓国ロビー活動の入れ知恵」ではすまない日本への不信感)
  b.より明確な強制によって「慰安婦」にされた欧米系女性の存在をなぜ無視しているのか
   →そもそも自覚がない?(「韓国がうるさい」という意識しかないのでは?)
   →韓国の右翼・サブカルの恣意的な「慰安婦」報道を叩いて喜んでいるだけの日本の排外主義者は韓国の合わせ    鏡にすぎない
 ④ 一連の「慰安婦」問題報道から見える日本社会
  a.韓国・朝鮮に対して、不利なことは絶対認めたくない、という態度で貫かれている
   →問題は「国の誇り」でしかない ~韓国の右翼と同じ
    ~そのために、よく使われる論法 「どこでも同じ事をやっている」「元慰安婦は金が欲しいだけ」
   →〈女性の人権侵害〉という根本の問題が置き去り(現代日本社会の人権感覚がよくわかる)
  b.背景にある「植民地支配の罪は認めたくない」意識
   →一般の人種差別とは異なる日本型排外主義の根源といえる

2.領土問題(竹島・尖閣・北方領土)
 ① 確かにもともとあった、しかし……
  →領有権の論争は国交回復の時期に集中したが、冷戦期には互いに「棚上げ」や黙認の状態に
 ② 2012年の奇妙な事態
  →竹島、尖閣諸島、いずれも実効支配をしている側が問題を大きくしたのはなぜか?
  →国内の政争のために領土問題が道具にされた側面(お互いが後にひけなくなる)
 ③ 近代以前に遡るような「先取(占取)権」争いに決着はない(「固有の領土」論の危うさ)
  →近代以前の古文書を持ち出しても証明にならない(双方とも自分に都合のよい解釈をしているだけ)
  →そもそも海洋・海底資源の発見がなければ国家はまったく関心がなかった
 ④ 置き去りにされた北方領土の問題 
  →まずは領土問題と切り離した元住民の訪問等の権利や先住民の権利回復が必要ではないか?

                  沖縄問題(2)

3.沖縄問題 
 ① 沖縄戦裁判(別名、大江・岩波裁判、2005-2011)+ 沖縄戦教科書問題(2007)
  a.「集団自決の軍命はなかった」と元部隊長・遺族が大江健三郎・岩波書店を提訴
   2005.7提訴→2008.3大阪地裁→2008.10大阪高裁→2011.4最高裁(いずれも原告敗訴、確定)
   →なぜ直接の情報源である沖縄ではなく大江/岩波を訴えたのか?
  b.原告側主張を受けて文科省は高校日本史教科書の「集団自決」の強制性記述の削除を強制
   →通説を覆す全く異例の検定(官僚では出来ない「変説」←強い政府介入抜きにはありえない)
   →沖縄を中心に抗議、撤回要求。最終的に、ほぼ検定以前の記述を回復
    (沖縄では保革を問わず「抗議」で一致 →現在の「オール沖縄」形成のきっかけになる)
 ② 基地問題をめぐって相次ぐ、日本政府への批判を表す沖縄県民の選挙結果(2014.11~12)
  a.「基地負担」の軽減どころか最新鋭基地の建設による基地の固定化という実態
   →「都市部から離れれば良いじゃない」は、戦場体験を語りつぐ沖縄には通用しない
   →「基地がある」=「攻撃目標になる」(しかも沖縄の米軍基地は沖縄を守るための基地ではない)
  b.「基地で食ってる」という沖縄観は、今では通じない
   →基地跡地の民間利用の方が多くの雇用・税収入を生み出すことは、沖縄ではよく知られている
4.ヘイト・スピーチ(hate speech)
 ① エスカレートする民族差別(特定「在日外国人」への差別)
  →言葉による「嫌がらせ」「脅し」どころか外国人学校への襲撃事件まで(2014.有罪確定)
  →日本の場合、東アジア諸国の「陰謀」や「脅威」を“根拠”とする攻撃が多いことが特徴
 ② 沖縄の人びとも「外国人」?
 →基地反対の運動に対して繰り返される「非国民」「中国の回し者」という非難
5.空襲被害補償請求訴訟 etc. 
 ① 救済されない民間人の戦災被害
  →「国民みんな被害を被っている」という論理で、司法は門前払いを繰り返してきた
  →被害を低く見積もろうとする国の原爆症認定(政府の姿勢に対しては司法からも批判が出ている)
 ② 戦争被害補償に関する圧倒的な軍民差別、軍隊内差別
  →軍隊と民間人の「線引き」は戦後70年間、生き続けている
  →「兵隊さんに報いるのは当然」ならば、なぜ戦時中の階級に基づく「恩給」格差があるのか
  →しかもアジアに散在する兵士の遺骨に対して、政府は“無関心”

Ⅲ.どうしてこうなったの?-アジアの四半世紀、日本の四半世紀
1.周辺諸国の発言力の増大、および緊張の高まり 
 ① 中国・韓国の大国化・先進国化
 →日本では、なお「遅れた社会」との認識。しかし世界の工場であり市場。「お得意様」ゆえに募る反感
 ② 各国の抱える国内問題の捌け口としての「愛国」や排外主義
  →日本も含めて、国際競争力のために国内の「平等」や「福祉」を犠牲にしてきたツケ
2.冷戦以後の国境を越えたネットワークによる「市民」の力の増大 
 ①「声を挙げられない人々」への国際的な支援の広がり(NGO活動等)
  →各市民の「地元」を通じた立法府による決議・立法による批判の波
 ② 独裁者や国家の罪に対して「正義」の実現を求める広い国際世論
  →個人の罪を国際司法が裁く場の整備(ex. ユーゴ内戦)
  →各国内でも国民・住民参加による「和解」や過去の不正義の糾明が進む(ex. 南アフリカ、韓国)
 ③ ただしボーダーレス、「市民力」は「愛国」や排外主義が広がる条件でもある(光と影、両面がある)
3.日本の国力低下と被害者感情の増大
 ① バブル後の「失われた○○年」/「東アジアの奇跡」の対照的イメージ
  →日本経済の“斜陽”の最大原因は産業空洞化なのに……
  →「自己責任」や「勝ち組/負け組」を煽るマスメディア(格差社会の構造的問題への指摘は乏しい)
  →「在日特権」等の中傷を典型として、「既得権益」「抵抗勢力」なるものを見つけ出し、叩くことで自分たちの尊厳や権   利が回復できたかのような報道や発言が横行している
 ② 被害者感情の蓄積と不満の捌け口としての排外主義
  →往年の大国イメージと現実のギャップから不安にかられ、外に敵を作って安心したい人々の増大
  →北朝鮮による拉致=国家犯罪の確認を契機に2000年代半ばから一気に増大
  →それを自己の政治的人気につなげたいと考える政治家が増えている現状(小泉人気から常習化)
4.戦争と植民地支配に関して忘れられている基本的事実 
 ① 植民地支配、および日本軍の侵略によるアジアの巨大な損害(多くの潜在的能力を奪った)
 ② 賠償ではなく経済援助で済ませてきた戦後日本とアジアの関係
  →疲弊した社会の復興のために経済援助を選んだ独裁者たち(日本政府が責任を認めなかったため)
 ③ 個人への補償はしていない
  →国交回復・経済援助と引き換えに、日中韓各政府は個人の被害補償請求権を奪ってしまった
  →同じ論理はサンフランシスコ講和条約で日本政府も飲まされている
   (現在、これらを乗り越えるために様々な裁判が国境を越えて提訴されている)

Ⅳ.東アジアの政治地図をどう見る?-歴史に深く規定されている東アジア
1.北朝鮮/韓国/日本の現指導者たちの深い因縁 
 ① 金正恩:北朝鮮最高指導者
  →祖父は北朝鮮建国者=「首領様」金日成(抗日パルチザン指導者、反対派の粛清の上に世襲独裁へ)
 ② 朴槿惠:韓国大統領
  →父は朴正煕元大統領(軍人、クーデタ後自ら大統領に。約20年の独裁、韓国を高度成長に導く)
 ③ 安倍晋三:日本国首相
  →母方の祖父・岸信介(東條英機内閣閣僚、A級戦犯、戦後首相で安保改訂を主導)
 ④ 彼らの政治的威光の源泉は、すべて日本の「満洲」支配に求められる
  →そして三者の一族すべての「戦後」の栄達に深く関わっているのがアメリカという存在
2.問題の根源としての日米関係 
 ① 東アジア各国間の“不和”の根源にあるアメリカの力
  →米国の東アジア外交の根本方針はなにか? 米国にとって理想的な状態は、アジア各国が不和によって友好関係  を結べない状態(米国は常に二国間関係によって有利な立場を維持)
 ② 安倍外交はどんな意味で「戦後レジーム」からの脱却なのか?
  →アメリカへの従属によるアジアへの強気維持、という構図は変わらないどころかいっそう深刻化
  (しかしアメリカは、これ以上、日本を「甘やかす」だろうか?)

              戦後7雄年(3)


Ⅴ.戦後70年をどうむかえるか?-おわりに
1.さしあたっての焦点
① 「安倍談話」の内容はどうなるか?
② 集団的自衛権をめぐる解釈改憲、新しい安全保障法制、沖縄の新基地建設はどこまで進むか
  →でも本当にこれが脱「戦後」? しかも私たちにとって望ましい「脱」?
2.「国益」とはいったい誰にとっての利益なのか?
① 自分たちに都合良く国を動かしたい者がもっとも安易に利用したがる用語が「国益」「愛国」
(日中韓いずれも同じ)
→その影で本当に苦しみ、報われていないのは誰か?
② 国を単位としてものを見るのではなく、尊厳あるあたりまえの個人を単位として国際社会も見ること
→「国の誇り」では、私たちが本当に守りたい人や暮らしは、守れない
(排外主義が東アジアを覆う中でも、そのことに気づく人が国境を越えて増えてきている)
3.「生き証人」=戦争体験者がいなくなったときのために
 ① 勝手な解釈が横行して止められなくなる時期に入り始めている
  →しかも70年前とは全く異なる形で、人間を大切にしない社会ができあがっている
   (排外主義が本格化しない保証は全くないのが現状の日本社会)
 ② 日本が東アジアで生きていくために本当に必要な課題を解決するための時間は限られている
  →基礎的な歴史の事実を確認・共有し、将来に禍根を残さないような区切りが必要
   (これを通じて、東アジアの国家間同士の現実的な利害調整への道が開ける)
                      戸邊先生5

【質疑応答】
:今、世界の地図には白地図が2箇所あります。一つは南極、もう一つはサハリンの南半分、南樺太です。南樺太についてはどう考えたらよいのでしょうか。
:南樺太は戦争末期にソ連によって占領され、日本は講和条約でこの地の権利を最終的に放棄しています。戦前に南樺太に住んでいた人々の諸権利の問題は残っていますが、これと北方領土の領有権とは別の問題です。ただしこれらいずれの地域でも、先住民の人々の権利回復の問題があります。

:東南アジアの諸国が戦後、植民地支配から解放されたことに日本の戦争が貢献していることについて、今日では教科書に書かれていません。これについて先生のお考えは?
:いわゆる「大東亜戦争」で日本政府が唱えた「東亜の解放」は連合国に対抗するために出された宣伝であり、文字通りには実現されていません。宣伝のために形式的に独立させた国があったものの、戦争遂行に必要な資源のある地域には独立の名目すら与えず、収奪を続けました。日本が起こした戦争を利用して独立や民族解放を目指したリーダーたちはいましたが、彼らによって勝ち取られた欧米列強からの独立を、日本の功績とは言えません。なお、東南アジア諸国の独立に際して、残留していた元日本兵が独立運動の側に立って戦闘に加わり、貢献したことは事実ですが、彼らの行為は当時の日本政府とは無関係です。

:領土問題ですが、問題の根本は資源問題ではないかと思う。なにか解決策はないものでしょうか。
:その通りですね。たとえば尖閣諸島では海底油田絡みの資源問題が根本にありますが、「国有化」以前は中国との具体的な対話の可能性はあったし、いまもか細いながらあります。他方、竹島の場合は、過去の日本の植民地支配の問題に絡んで焦点になっており、今後の好転はなかなか難しいと思います。竹島の地位だけではなく、もっと総合的な両国関係の改善の中で解決するしかないでしょう。

:安倍総理の外交方針と比べ、日中国交回復当時の田中角栄首相の方針はとても懐が深かったように思うのですが。
:田中に限らず、彼らの世代の政治家には戦争で苦労した体験があり、アジアに何をしたかは公式の場での発言はともかく、みな知っています。ですから、自民党の政治家たちでも何らかの償いの感覚があったのです。特に田中派と呼ばれた派閥に属する政治家たちにはそのような姿勢が見られました。しかし、岸信介に連なる派閥、さらには戦争体験を持たない今の世代の政治家に、彼らのような度量を求めるのは難しくなっています。(文責:飯沼直躬)
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