会員の声

◎会員の声                                     

   私が国分寺に住んだ理由(わけ)

                                          山田 敏

私が国分寺に家を建てたのは1970年、つまり今から45年前の6月でした。仕事がマスコミ関係だったので勤務形態が極めて不規則でした。残業で中央線の最終に間に合わなかったり、出社時間が始発前だったりするのは日常茶飯事でした。家に帰らない日も多々ありました。
3月会報国分寺6

 こんなことから都心に1Kか1DKのマンションを買い、家族を山梨(か長野)に住まわせることを考えました。金曜日に仕事を終えた後山梨に帰り、月曜日に始発で出社し、ウイークデーはマンションから通勤するというパターンです。

 しかし、あれこれ考えた末、二重生活はコスト面であまり合理的ではないという結論に達し、都心と山梨の中間の国分寺を選んだというわけです。当時はバブル前で、土地はそんなに高くありませんでした。前に住んでいた小平の土地と家を売って今の国分寺に土地を買い、住宅はローンで家を建てました。
                        3月会報国分寺4

 定年後の今は長かったローン生活から解放され、夫婦で快適なサンデー毎日を謳歌しています。子供や孫達も近くに住んでおり、一緒に食事や買い物をするなど交流を密にしています。

私も年齢が70代後半に入りましたので、体や頭が不自由になるのは時間の問題です。
 その時の事を今のうちに考えておかなければなりません。
 子供たちに近い今の家の近くで老人ホームを探すか、今の家に住み続け、介護を有料で人に頼むか、或は東京から離れて
富士山の見える静岡か山梨あたりで安くて優良な老人ホームを探すか選択肢は色々あります。 
     
 欅友会の学習会で「終の住み家」のお話がありました。東京で月額30万円以下の老人ホームには問題がある。100万円を超える所もあるというお話でした。私にはとうてい手の出ない話です。
 
考えてみれば、もう都心への通勤がないわけですから、東京に住む必然性はありません。
 前に考えた富士山の見える静岡か山梨に住んでも良いのです。
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