4月号

                                  4月チューリップ2
                                                                                                                                                             
4月号       
    
ご報告                                     

◎3月14日会員総会のご報告
学習会の終了後、3時45分より会員総会が開催されました。長時間の講義の後でお疲れにもかかわらずご出席くださった皆様、ありがとうございました。本年は会則の改訂を含む1号議案から7号議案までお諮りしましたところ、全ての議案につき満場一致で可決されました。
資料は上記学習会に出席された方にはお渡し済みですが、必要な方は4月11日または4月25日の学習会の受付にお申し出ください。

◎新役員体制
新たに役員が5名加わりました。会長には前副会長の増田保武会員が就任し、新体制で会の企画運営にあたります。役員の担当職務は5月号でご案内します。

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欅友会会長就任挨拶                    増田 保武                                  この度、長谷部会長代行を引き継ぎ、4月初めに会長に就任いたしました。責任の重さに身の引き締まる思いであります。
 欅友会は今年で33年目を迎え、会員数も昨年を上回る360余名に達し、地域と大学を結ぶ素晴らしい学習会に発展しております。これも偏に戦後の日本経済を支えて来られた向学心旺盛な会員の皆様のご支援とご協力によるものと、心より感謝申し上げます。
 また、この会の発展は何をおいても東京経済大学の全面的なご協力とご支援のお蔭であり、素晴らしい大学の教室、施設を無料で使用させて頂いていることを改めて会員の皆様と共に、深く感謝を申し上げたいと思います。
 さらに、国分寺市教育委員会には市報の掲載や本多公民館の諸施設の利用など、日頃大変お世話になっており、併せて厚く御礼申し上げます。
 欅友会の特徴は政治経済・自然科学・文学歴史・美術・哲学などに加え時流のテーマを組み込むなど幅の広い生涯学習への取り組み、および会員相互の親睦と思います。今後とも役員一同協力し、より魅力ある学習会作りに努力してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。


お知らせ
                                乾杯

会員懇親会のお誘い
5月23日(土)の学習会終了後、葵陵会館内学生食堂で 会員懇親会を開催します。
4月11日と25日の学習会で出席申込を受け付けます。参加費は3,000円です。
この懇親会は、野外学習会とともに、会員同士、あるいは先生方とも言葉を交わせるまたとない機会です。今年もぜひ多くの方に参加していただきたいと役員一同、心をこめて準備しています。懇親会では東経大学生によるアカペラ・ミニコンサートも予定していますので、今すぐ予定表に「5/23懇親会」とメモして、出席をご検討下さい。詳しい内容は会報5月号でご案内します。
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◎4月の学習会のお知らせ 
【その1】                                        
日 時:4月11日(土)13:30~15:30                                        
場 所:東京経済大学 2号館 B301教室                                     
テーマ:「日本は絶望的なほど財政危機か?」                                    
講 師:岡本 英男先生 (東京経済大学経済学部教授) 

(先生のプロフィール)                                         
 愛媛大学 法文学部 法律学科卒業、東北大学 経済学研究科 修士課程修了、同大学同研究科 博士課程単位
 取得満期退学。経済学博士(東京大学)。研究分野は財政学。1997年から現職。
 著書:「福祉国家と財政金融政策」(『ソブリン危機と福祉国家財政』東京大学出版会2014年)、
 「オバ マ政権の歴史的位置」(『福祉レジームの収斂と分岐』ミネルヴァ書房、2011年)ほか。
 論文「福祉国 家と機能的財政―ラーナーとレイの議論の考察を通じて―」(東京経大学会誌、2014
 年)、「スウェー デン福祉国家の変容―「支援国家」という概念を手掛かりにして」(東京経大学会
 誌、2014 年)ほか。

【その2】                                                 
日 時:4月25日(土)13:30~15:30
場 所:東京経済大学 2号館 B301教室                                 
テーマ:「ー戦後70年をどうむかえるか―『戦争の記憶』をめぐる争点を考える―」           
講 師:戸邉 秀明先生 (東京経済大学経済学部准教授) 

(先生のプロフィール)                                             
 早稲田大学第一文学部 史学科卒業、同大学院 文学研究科 史学修士課程修了、2003年早稲田大学第
  一文学科日本史学専修助手、2007年~9年日本学術振興会特別研究員、2009年4月東京経済大学着任、
 2012年4月より准教授。研究分野は沖縄現代史、日本近現代史、史学史。
 著書:「「方言論争」をたどりなおす―戦時下沖縄の文化・開発・主体性」(『沖縄学入門』昭和堂、
 2010年)「戦後史学史のなかの安丸民衆史―ある全体性のゆくえ」(『安丸思想史への対論―文明化・
 民衆・両義性』ぺりかん社、2010年)ほか。論文発表多数。


◎3月14日学習会の要旨  
日時と場所:2015年3月14日(土)13:30~15:30 
      東京経済大学E102教室にて
テーマ:「与謝野晶子と源氏物語」
講 師:大岡玲(あきら)先生(東京経済大学経営学部教授、小説家)                                
出席者:197名(会員:男性131名、女性48名
        非会員:男性4名、女性14名) 

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【講演要旨】
はじめに
 今日は明治の代表的歌人、文学者、評論家であり、情熱的な恋愛表現を多く残した与謝野晶子についてお話しします。

第一部 源氏物語について
 源氏物語は1008年が初出、その頃までには相当な部分が成立していたらしい。平安時代は、810年に起きた「薬子の変」から1156年の「保元の乱」までの長きにわたり公式な死刑が行われなかったほど平和な時期。そうした時代背景のもと、優雅な女房文学が花開いた。作者は紫式部と言われているが、複数作者説があり、与謝野晶子も「若菜」以降は式部の娘、大弐三位の作と言っている。
                                               源氏物語yjimage

 『源氏物語』は天皇の子に生まれ才能容姿ともに優れながら、身分の低い女性を母として生まれたために正式の皇子になれなかった光源氏が、父の妻である藤壺と不倫の関係を結び二人の間の子が後に天皇となる、いわば王座奪還の物語であるが、世界最古の恋愛小説(恋の物語)としてすきのない構成を持っている。理想的男性として登場する光源氏は、実は乱倫のとんでもない男だが、それを辛うじて救っているのが、源氏の優しさであろうか。光源氏の性格を評して「心長し」と書かれるが、これは優しく、いつまでも見捨てない心のことをいう。光源氏は自分が縁を持った女性を見捨てることなく、六条院に住まわせ、生涯にわたって世話をする優しさを前面に押し出しているために、女性にも納得できる男性となっている。
 また、『源氏物語』は、中国の文学、とくに白居易の「長恨歌」『白氏文集』から引用が多く、多大な影響を受けている。書字の無かった古代日本は、中国から伝わった漢字を羅列することでやまと言葉を表現しようとした。これが万葉仮名である。そのうちに中国の詩を真似て日本人による漢文集「懐風藻」が作られた。日本はこのように中国の文化を学び、漢文による表現を尊びつつも、やまと言葉による文学にも熱中し、この二重構造を明治期まで保つことになる。
 こうした『源氏物語』に代表される日本文学独特の傾向は、「恋」の重視である。万葉集に始まる和歌の伝統、『源氏物語』以後に成立した物語群は「恋」をメインテーマとしている。歴代の天皇の重要な技能に、恋の歌を詠むということがあるほど、「恋」は日本文学の基盤となっている。反対に、先祖を祭り家系を伝えることが文化の中心である中国では、恋よりも友との別離を悲しんで盃を傾ける、詩を贈るといった「友情」が重視された。7世紀末に書かれた『遊仙窟』は主人公、張文成が黄河の源流を訪れる途中、神仙の家に泊まり一夜の歓を尽くすという「恋」のストーリーだが、この小説は日本でもてはやされる一方で中国では早くから佚書となっており、20世紀になって、日本から中国に逆輸入されたという経歴を持つ。「長恨歌」は日本では比翼の鳥、連理の枝と永遠の愛を賛美したが、中国では玄宗が貴妃を恋したために政治が乱れたという諌めの書の意味合いが強かった。これらの例からも、和漢の文化の違いがわかる。
 成立当時は漢文による文書や勅撰集など公的な歌集に比べると「女子供の手慰み」「絵空事」の位置付けであった『源氏物語』は、平安末期から鎌倉時代初期にかけて重要な歌作りの教養として徐々に聖典化していった。仏教が浸透していく中では、絵空事を著して恋という「煩悩」を広めすぎた紫式部の霊を救済する儀式(源氏供養)が行われることもあった。
 江戸期には松尾芭蕉が『源氏物語』を最高の文学と評価し、歌仙には必ず「恋」の座を設け、そのほとんどが源氏に由来するものであった。版本による刊行が始まり、庶民にまで『源氏物語』が普及することになった一方で、堅い武家中心社会では『源氏物語』をパロディした柳亭種彦の『偐(にせ)紫(むらさき)田舎源氏』などが弾圧をうけるなど、表だって「恋」を主題にしにくくなった。明治以降もしばらくこの傾向は続いたが、そこに爆弾を投げ込み、新たなルネッサンスを起こしたのが与謝野晶子である。晶子の活動は日本古来の恋の伝統を復活させながら、女性の自立にまで広がりを見せてゆく。

第二部 与謝野晶子と『源氏物語』のかかわり
                   与謝野晶子1

 晶子は堺の裕福な和菓子店に生まれた。姓は鳳(ホウ)、名は志ょう(ショウ)、後に名乗った晶子はペンネームである。読書人だった父の影響で本を好み、9歳で漢学塾へ通い、12歳で『源氏物語』を原文で読み初め、繰り返し読むなかで『源氏』は晶子の血肉となっていった。晶子の生涯における『源氏物語』の位置は、文学として彼女の創作活動を支えただけでなく、実人生での支えであったといえる。
 10代半ばからは帳場に立ち店の切り盛りをする利発な少女は、かつては栄えた堺の没落していく旧家の生活と、家族の為の犠牲的な生活に対し鬱々としたものを抱えていた。晶子はその気持ちを和歌に託し、20才頃から当時流行っていた投稿雑誌へ作品を寄せ始めたことをきっかけに、兄の友人、河野鉄南の浪速青年文学会に参加し、河野の紹介で与謝野鉄幹と知り合った。鉄幹は自信に満ち、愛に溢れ、ロマンチックで、やたら勇ましい「ますらお」的な歌を作り、日本中を沸かせていた存在であった。ふたりは1900年(明治33)に恋愛関係になる。
 鉄幹が同年創刊した文芸誌『明星』は、日本が坂の上へ登って行く時期に合致して一大旋風を起こした。晶子は翌年、恋愛と官能をおおらかに謳う歌集『みだれ髪』を刊行し、恋愛を排斥する傾向の時代に鉄幹への恋慕の情、恋への憧れ、妄想、官能を大胆に表現した。元々不倫関係であったふたりには批判が集中したが、後に結婚する。1904年(明治37年)には日露戦争に従軍した弟を嘆いて、「君死にたまふことなかれ」が『明星』に発表され、大論争となった。
                                     みだれ髪           
                                 (みだれ髪:挿画:有島武二)
『みだれ髪』より:
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き
ひとまおきてをりをりもれし君がいきその夜しら梅だくと夢みし
むねの清水あふれてつひに濁りけり君も罪の子我も罪の子
春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
うしや我れさむる定めの夢を永久にさめなと祈る人の子におちぬ
罪おほき男こらせと肌きよく黒髪ながくつくられし我れ     

 古より漢文学を尊んできた日本人だったが、日清戦争で中国に勝利したことで日本語を見直す風潮が起こり、一葉、鷗外など漢文脈から出発した作家のあと、漱石に代表される言文一致の作家たちによって新しい文学が生まれた。浪漫主義が盛んになり、『明星』は早くに漢詩の呪縛から逃れている。『明星』は8年後に100号を以て廃刊となったが、晶子の文名は高まり鉄幹との名声の不均衡が生じた。この事実は鉄幹のルーズな女性関係の一因ともなり、晶子は傍らでおろおろしながらそれを見ている状態であったことが、自伝小説や私信などから読みとれる。人気凋落や大逆事件で友人を殺されたことなどに苦悩する鉄幹をヨーロッパに遊学させたあと、晶子は自分も鉄幹のもとに行きたくなり、資金調達のために『源氏物語』の翻訳に着手した。これは渡欧した翌年に『新訳源氏物語』として発刊されたが、全訳ではなくダイジェスト版である。帰朝後、再度『新新訳源氏物語』として二度目の翻訳を試みたが、宇治十帖まで終わっていたとされる原稿は関東大震災で焼失した。現在流布しているのは、1938年(昭和13年)から3度目に試みた『新新訳源氏物語(1~6巻)』である。子供の頃から慣れ親しみ、「紫式部と私との間にはなんらの仲介者なし」と述べるほど晶子の血とも肉ともなっていた物語であるから、時に意訳、省略、主語を補う、会話を口語体にするなど斬新で、やや漢文脈寄りながら明治の息吹を感じさせる切れ味のよい訳になっている。歌に翻訳を付けていない点、各帖の冒頭に自身の和歌を加えるなどの特色もある。
 浮気な光源氏を取り巻く女性の世界を訳すとき、晶子は古典を訳すという使命感や喜びだけでなく、自分自身の生活実感や恋愛経験と照らし合わせて、翻訳は身にしみるものであったことだろう。一時は平塚らいてふとも共闘関係にあって女性自立論の書き手でもあった晶子にとって、源氏物語は大きな示唆を与えたに違いない。晶子は随筆「産屋物語」の中で、男性に伍していくために、女性は模倣をやめて、女らしく見せようとする矯飾の心をなげうって自己の感情を練り、きっちり書いていく、そんな新しい女性の出現を祈っている。詩人、茨木のり子は『うたの心に生きた人々』の中で、女として母として歌人として理知と情熱に生きた晶子の生き方を称賛している。

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質疑応答
Q1:晶子には12人の子があったが、子孫はどうなっているか。
A1:外交官となった次男の秀、その子で大臣としても活動した馨がよく知られているが、銀行家、評論家として活躍するなど、子は多方面で才能を発揮した。このことからも晶子の母としての素晴らしさが理解できる。

Q2:平安朝の文学は恋愛ベース、中国文学は友情ベースとのことだが、文化の違いをもたらした原因は何か。
A2:男性中心で祖霊を祭ることが大切な中国では、家制度を乱さないためには女性に恋愛を表向きは禁じた。そのため、文学で表立って「恋」が扱われることが少ない。その情念は、熱烈な「友情」の表現に変化して文学表現になった。

Q3:恋多き女性だった晶子は、鉄幹以外に愛した人はいたのか。
A3:有島武郎との間に強い交情があったとみられるが、恋をしても一線を踏み越えたかどうかはわからない。                                  (文責:大崎 尚子)


---お願い----------------------------------------------------------------------------------------------------会からお届けする会報、文書等が届かないときにはお知らせください。マンションの部屋番号の登録が無かったり、メールアドレスが変更されたために不達のケースが時々ありました。
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◎会員の声  
         
 私のドイツ駐在体験記            國分寺在住  窪田 寛 

 毎月お送りいただいている欅友会の月報の中で、会員の皆さんの世界各国への旅や滞在で、体験された異文化接触のお話などいつも楽しみにして拝読しています。私も、現役時代には製薬会社の海外駐在員として、アジア地域では、台湾に3年間とインドネシアに10年間、欧州地域では、ドイツに3年間、合計で16年間、海外で生活しました。
 今回はドイツ駐在で体験した出来事のいくつかをご紹介して、ドイツという国をまた別な角度から見つめ直していただければと思っています。
 私のドイツ駐在は、東西ドイツ統一前の1年間、そして東西ドイツ統一後の2年間、激変するドイツの3年間を見詰めることができました。
デュッセルドルフ旧市街

 私の住んでいたマンションは、ドイツ北部にあるデュッセルドルフ市の郊外、静かな森の中にあり、外国人が一人もいないドイツ人だけのマンションでした。このマンションの中で、日本に生活していれば、とても考えられない異文化接触の体験をすることができました。
 ドイツ駐在前の私のドイツ人への印象は、第二次世界大戦に共に敗戦国でもあり、日本にかなり親日的な国民であると思っていました。ところが、このマンションで生活を始めてみて、初めに驚いたことは、エレベーターの中で、「グーテンモーゲン(お早うございます)」とご挨拶をしても、全く無視されるか、または小さな声で「モーゲン(おはよう)」とだけしか返事をしてくれないことでした。ドイツ人だけの世界にアジア人である私が入り込んできたことに対して警戒心を表に出しているような挨拶でした。
 また、ある日の金曜日の夜、仕事から帰ってエレベーターに乗ると、一枚の紙が貼ってあり、私宛にドイツ語で何か書いてありました。ドイツ語がまだよく分からないので、その貼り紙を取り外しドイツ語の分かる友人に翻訳してもらったら、以下の内容が書いてありました。
 1-毎週末に私の部屋から変な音がするが何をしているのか。
 2-友人が来て、大きな声で会話をしているがうるさい。
 3-夜11時過ぎにはトイレの水洗は使用するな。
 早速、部屋のオーナーを通じてマンションの管理人に詳しく聞いてみると、「私の部屋から週末の土、日曜日の朝になると必ず変な音がする。その音がうるさく困っている」とのことでした。そのクレームを聞いてから、いろいろ考えてみたら、日本から送られてきた転勤荷物のダンボール箱を開けるために箱のセロテープを剥がす音であることが判明しました。
 私としては、金曜日までは仕事で忙しく、日本から届いた荷物は休みの週末に整理するため、段ボール箱を開けていました。ドイツ人にとっては、教会へ礼拝に行く静かな日曜日の朝、私の部屋からテープを剥がす変な音が聞こえることに耐え難いことであったようです。クレームの原因が判明してからは早速、テープを剥がす時には、音が大きく出ないように、今までのスピードを半分にして、ゆっくり時間をかけて剥がしながら段ボール箱を開ける努力をしました。
 また、日本人の友人とは部屋の中では、会話の声をいつもの50%程度低くして、ヒソヒソ話をするような感じで対応をしました。
 トイレの問題も、夜11時過ぎにはできるだけ使用しないように我慢して、アパートメントの皆さんのクレームに配慮しながら過ごしました。
                                    デュッセルドルフ紋章

 ドイツ駐在は、それまでに体験したことのない戸惑いながらの数か月間でしたが、今は忘れることのできない思い出になっています。
 その後、私の努力がマンションのドイツ人にも理解していただき、特に隣の部屋のご主人と奥様にはいろいろと同情もしていただき、親切にドイツでの生活へのアドバイスをいただきました。
 自分自身が意識してマンション内で静かな生活を開始してみると、今度は同じマンションに住むドイツ人女性が私の部屋の前の廊下を歩くハイヒールの音が音楽のように聞こえてきて、今、自分の住んでいるマンションがいかに静かな環境であるのかを再認識した次第です。
 ドイツ駐在を終えて帰国する頃には、マンションの方々とも親しくなり、いつも「グーテンモーゲン」と気持ちよく挨拶もしてくれるようになりました。ドイツ人は、最初はとても付き合いにくい国民ですが、親しくなると本当に素晴らしい人たちであることも知ることができました。
 異文化の中で海外生活を送ることには、いろいろな困難なことがありますが、一つ一つ体験しながら解決してゆくもので、過ぎ去ってみれば楽しく忘れられない思い出となっています。
現在、世界に多くの日本人が駐在していますが、どんなに時代が変わっても、異文化接触の大切さは、言葉では説明できない、貴重な体験であると思っています。今回は、ドイツでの体験をお話しましたが、また機会があればアジアでのいろいろな体験を書いてみたいと思っています。


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≪わたしの戦後70年、原稿大募集≫

今年は戦後70年の節目の年です。この激動の時代を実際に生き抜いてきた皆さまの 
体験や感慨は、今や語り伝えていくべき貴重な証言と言えます。
そこで、「特集:戦後70年(仮題)」をテーマに、短文を募集します。
内容は、例えば政治、経済、社会、文化、科学、芸術、家族、恋、夢など、何でも。
思い出に留まらず、将来に託す想いなども自由に書いていただきたいと思います。
寄せられたすべての文を、会報で、或いはブログで、順次ご紹介していきます。
原稿用紙1枚以内(400字)、第一次締切日は4月30日とします。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアンケートに寄せられたご意見から
3月14日の講演中に何度か携帯電話が鳴ったことで、会員の方からご指摘がありました。講義に集中している講師にも聴講者にも迷惑になりますので、携帯電話は講義開始前に電源を切るか、マナーモードにしてくださるようお願いします。
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◎2015年(平成27年)の学習会スケジュール     
 2016年スケデュール5
                                    
 ★スケジュールは事情により変更、中止する場合があります。予めご了承ください。                   
                                                                          
  ○学習場所 東京経済大学の教室                 
  ○各学習日とも土曜日 13:30~15:30                                          
  ○下記の学習は時間帯が異なります。                   
         7月18日  13:30~16:30  
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